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去年から夏は猛暑、冬は暴風雪と荒い天候が続いていますね。また最近は特に急変する事が多くなってきているようです。出かける際には、天候急変への備えを怠らないようにしたいものです。2005年度もいよいよ最終コーナーを抜け第4クオーターに入りました。僕の読書三昧も年度末に向かってラストスパート。がんばって面白い本を見つけてご紹介したいと思います。

ここでは2006.01〜2006.03に読んだ本をご紹介しています。


極限環境の生命―生物のすみかのひろがり (LIFE AT THE LIMITS)」
D.A. ワートン (David A. Wharton)

2006/03/05:いよいよ3月に入ってしまいましたね。仕事に追われて押され気味の苦しい日々が続く状態ですが、読書の楽しみは忘れておりません。

体長が2mを超えるものもいるという大型の動物であるアフリカハイギョは、住んでいる川が干上がってくると川の泥の中に穴を掘り、体を折りたたんで粘液性の繭の中に入る。そして酸素の消費を一割に落とし、皮膚を半乾燥状態にした休眠状態となる。その状態で少なくとも6ヶ月は生存することができるという。

この休眠状態で雨を待つ訳だ。なんとも息苦しい話だ。

皇帝ペンギンの過酷な生態は昨年映画にもなり、かなり認知度が上がったと思うが、極限環境に生きる生命にはまだまだとんでもないものが大勢いるのだ。

本書はその極限環境の生物たち、多様性に富んだ生物の戦略を紹介するものだ。思いがけない程のひろがりをみせている生物世界と同様、そこに示される問題も生物の由来から、そもそも生物とは、生きるという事とは何なのかにまでに及ぶ予想外のひろがり。出来るだけ簡単に書いたという事だが、以外に難解でもありました。

深海底調査船のカメラに写し出された海底火山の熱水噴出口はそこに群がる生物達で活況を呈しており我々をあっと言わせた。

僕ら地上のほ乳類ではとても耐えられない程の高圧、高熱の環境が彼らのホームグラウンドなのだ。

ほんの少し前までは科学者でも、この様な高圧状態に生物がいるとは考えていなかったというのに。

しかし、地下3.5Kmの金鉱から微生物が発見され我々はこれまでの常識を考え直す必要に迫られている。ひょっとしたら、地上の生物よりも地下生物の方がバイオマスでは上回っているのではないかという説もある位だ。

トーマス・ゴールド (Thomas Gold)の「未知なる地底高熱生物圏―生命起源説をぬりかえる(The Deep Hot Biosphere)」をかなり以前に読んだが、これがなんともトンデモナイ話で、地下に埋蔵されている石油は実は地下の好圧微生物によって今も生成が続いている。なのでこの微生物を絶滅させないようにすれば、石油が枯渇しない道が開けるかもしれないというのだ。

これは、今まで読んだ本のなかでもかなりぶっ飛んだ内容だったが、いたってマジな本なのだ。

事実本書でも、天然ガスの鉱床の形成にメタン生成細菌が関与していたり、金のようなレアメタルの鉱床が層状に濃縮されているのは細菌の働きかもしけれないという事が示唆されている。

またこの石油生成生物説にチラッと触れられており、否定も肯定もされていない。もしかしたら、事実なのかもしれない。だとしたら大変な事になるよねぇ。

同じ様に極低温、超乾燥を生き抜く生物もいる。

百年以上もの間、乾燥した状態にあったクマムシを水に付けたら再び動き始めたという。塩湖に生きるブラインシュリンプは乾燥だけではなく高塩濃度を耐える事が可能。

僕たちの世代にとっては懐かしい響きの「シーモンキー」はこのブラインシュリンプの乾燥させたシスト(胞)だったそうだ。

このシストを乾燥して休眠状態にしてたという事だ。これを水に戻すと彼らは孵化して泳ぎだすという訳だ。

こんな状態の彼らは代謝すら完全に止まっているそうだが、こんな状態で果して「生きている」と言えるのだろうか。ここには、我々の感覚で云うところの生死感や時間の概念も通用しないようだ。

一年生の植物も考えてみれば、苛酷な環境を種子の姿で乗り越えて芽吹く訳で、状況が整わない場合、何年もこの種子のまま過ごす事だってある。体に合わない環境では、種子の状態、休眠状態で過ごすというのは何も極限環境下の生き物だけの十八番ではないという事だ。

生きているというのはどのような状態を指すのだろう。ここには、個体として「生きている」という話と種として「存続している」という事が少しごっちゃになってるのかもしれない。

しかし、個を切り捨てて種として存続していく、我々生物しとしての特性には何か哲学的な問いを感じざるを得ない。

一方で極限環境かどうかは我々が現在生きている環境を標準に考えがちだが、地球環境全体からみれば、僕らが住んでいる場所なんてほんのごく一部に過ぎず、大半は僕たちが生きていくには過酷すぎる場所な訳で、極限環境下での生き残り手段を持たない多くの大型生物の方が環境変数に対して脆弱であるという事が言えるだろう。

多くの微生物がこのような能力を持っているのは地球環境の変動をそれこそ長い長い年月経験した事によって獲得したものなのだろうか?

まるで「星間空間」のような極低温や紫外線、宇宙放射線にさらされても蘇生できる特性を持つ生物は一体何時獲得したものなのだろうか。

その由来が地球外にあるのではないかと考えても不思議はない。実際、宇宙塵は星間空間を漂うバクテリアであるという説を提唱している人もいるのだ。

分類学の系統樹も近年大幅な修正を求められている。これは、分子生物学的手法が飛躍的に向上した事でこれまで多少なりとも主観的であったものがより客観的な範疇をもとにした分類をすることが可能になった事による。

昨日遊びに行った、国立科学博物館の系統樹の広場もそんな背景から五界モデルではなく、最新の内容になっていた。

五界モデルとは、

1967年にコーネル大学のロバート・ホイッテカーによって作られた「五界モデル」としてまとめられている。この説では生物を、動物、植物、菌類、原生生物、細菌の五つの大きな界に分けられている。

戻ってネットで調べようと思っていたが、サイトには簡単な説明しかない。げげ。ろくにメモも取らずに漫然と眺めて出てきてしまったが失敗であった。もう一度行かなければ。

本書に紹介されている最新の分類部分を抜粋してみると

この五界説では、すべての原核生物が細菌(モネラ)としてひとまとめにされている。近年の研究から、原核生物が、少なくとも真核生物ほどの、そしておそらくはそれ以上の多様性を持っていて、数個の界に分けられることが明らかになってきた。


細菌は、細菌とアーケアの二つのドメインに分かれ、それぞれがいくつかの界を含んでいることがわかった。この二つは、クジラと毒キノコの間よりも違いが大きいのである。第三のドメインは、すべての真核生物を含むユーカリアである。

アーケアには、極限環境に住むものが特に多く、機能によって三つのグループに分かれる。メタン細菌は、代謝の最終産物としてメタンを生成し、高度好塩菌は非常に塩濃度の高い環境に住み、高度好熱菌は温泉や深海の熱水噴出口などの高温環境に生息する。アーケアは細菌の一形態であると一時考えられ、古細菌と名づけられたが、現在ではまったく別個のグループであると認識されている。

説明が苦しいので図も引用させて貰います。>>図はこちら

ユーカリアと細菌(バクテリア)とアーケアはかなり原初の時代に枝分かれしたという事だが、どうして一方は動物のような大型生物を発生させたというのに、同じ位多様性に富んでいるといいつつも細菌(バクテリア)とアーケアからは大型のものも生まれず、なにかその原初の状態のままでいるように見えるのは何故なのだろうか?

ますます謎が深まる本なのだ。

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陰謀の世界史−コンスピラシー・エイジを読む」
海野弘

2006/02/25:「スパイの世界史」をあまりに楽しく読んだので、その対をなす「陰謀の世界史」に手を伸ばさずにはいられませんでした。

本来の流れとしては本書「陰謀の世界史」から「スパイの世界史」だ。

はじめに陰謀ありき、な訳ですね。

だからスパイが生まれる。そのスパイの失敗、しくじりがスパイの世界史となっているという事だ。

僕は今その流れを失敗から、その目論み・何ものかによる企みであったのかという根源的な問いに遡っていった。

スパイは失敗し、事件・事故は報道され白日に晒されるが、その根底に流れる企み・目論みはその背後にいるものの心に根ざすものであり、決して明らかにはならない。

だからこそ、陰謀なのだ。陰謀は外から推測する事しかできない訳だ。

そして、陰謀史観が生まれる。
身のまわりに不思議な出来事が起きる。もしかしたら、それは偶然ではなくて、なにかの陰謀、<彼ら>の企みではないだろうか。このような考えを陰謀史観<コンスピラシー・セオリー>という。
それでは、ここで本書の目次に目を向けてみよう。

・プロローグ−−コンスピラシー・セオリー
・フリーメーソン−―現代に生きる謎の秘密結社
・ユダヤ−―八〇年代アメリカのカウンター・カルチャーとしてのユダヤ陰謀説
・イリュミナティ―−イリュミナティ(=エンライトメント)は悪魔の知恵か!?
・ロスチャイルド―−世界を植民地化しようという野望!?
・ロックフェラー―−金融、政治、大学、マスメディア…全米を支配した陰謀財団!?
・ルーズヴェルト―−パールハーバー、ニューディール政策はルーズヴェルトの大陰謀!?
・英国王室―−世界政府計画を背後で操る英国王室!?
・フェビアン協会−―世界を帝国主義へと導いた知識人エリートを作り出した!?
・三百人委員会―−世界を支配している三百人のエリートによる謎の組織
・外交問題評議会(CFR)−―世界征服を企むCFRの一大成果は国際連合!?
・財団−−免税財団は新世界秩序、三百人委員会、イリュミナティの手先!?
・銀行−−<連邦準備制度>がなければ世界大戦はおこらなかった!?
・アレン・ダレス−−CIAを牛耳って、冷戦という大陰謀を操ったダレス兄弟!?
・CIA−−9.11の背後にあるアフガニスタンとドラッグとCIAの関係とは!?
・ケネディ−−ケネディ暗殺にまつわる七つの陰謀のセオリー、真実はどこに!?
・ニクソン−−ウォーターゲート事件の裏の裏とは!?
・キッシンジャー−−イスラエルのレバノン侵攻を操ったのはキッシンジャー・アソシエイツ!?
・レーガン−−幻想と現実が混じったイラン・コントラ事件、スター・ウォーズ計画!?
・ブッシュ−−歴代大統領の中で最も陰謀の多い男!?
・クリントン−−クリントン・スキャンダルは英国王室の陰謀!?
・KBG(ソ連情報部)−−ケネディ暗殺オズワルドに関する6冊のファイル
・MI5とMI6(英国情報部)−−007から大学教授まで、エリート・スパイの裏切り!?
・モサド(イスラエル情報部)−−エシュロン、プロミスはスパイ・マシーン・ネットワーク!?
・ヴァチカン−−ナチス・マフィア・フリーメーソンと世界支配を計画!?
・マフィア−マフィアはなぜなくならないのか、養っているのは誰か!?
・ハワード・ヒューズ−−ケネディのコネでヒューズ帝国乗っ取りを企てたオナシスの陰謀!?
・マーチン・ルーサー・キング−−キング牧師を暗殺した第三情報機関!?
・超古代史−−ニュー・エジプト学に秘められた反イスラム・反フェミニズムの陰謀!?
・エイリアン・UFO−−ロズウェル事件でエイリアンの遺体は見つかったのか!?
・ナチ・第四帝国−−ナチ・コネクションは米国に引き継がれた!?
・エピローグ

限りなく本当っぽいセオリーから嘘っぽいものまで盛り沢山だ。中には仰天のエピソードも満載。よくぞ調べ上げたものだ。心から敬服致します。

それだけ世の中には見えない部分が多いという事だ。またコンスピラシー・セオリーは「陰謀」が在るという前提で歴史を読み直す。理解し直すという事でもある訳だ。
陰謀史観への感心にもいろいろある。世界はユダヤ人に支配されているというセオリーを本気で信じている人から、NASAは宇宙人を捕らえたがかくしているという話を面白がっている人までいる。本当かな、まさか、いや本当だったら面白いな、といった真偽のグレイ・ゾーンにあるところが陰謀史観の面白さだろう。

私は熱狂的に信じているわけではないが、まったく否定的でもない。なるほど、こんなふうに解読できるのか、とセオリーを、SFを読むように楽しんだりし、また、いかに奇妙なセオリーでも、それを信じる人がいることに興味を持つ。
今まで自分では意識せずに行ってきた事でもある訳だが、陰謀のセオリーを楽しんでしまおうというのはなんとも魅力的な話だ。一方で明らかにガセっぽい話題に固執し盲信してしまう人達もいる。本書にはそんな問いにも答えてくれる。
なぜ私たちはコンスピラシー・セオリーに取り付かれるのだろうか。ティモシー・メリーは、<エージェンシー・パニック>からだ、としている。現代社会は巨大化し、複雑化している。私たちは個人の意思で、自分で直接なにかをなす事がむずかしくなっている。

多くのことはエイジェンシー(代理)にまかせなければならない。ほとんどのプロセスは直接見えなくなっていて、巨大な見えない組織に操られているかのような不安、恐怖に襲われる。それが<エージェンシー・パニック>である。その不安をなだめるために、コンスピラシー・セオリーに頼るのだ。

正に慧眼。

コンスピラシー・セオリーは高度に分業化が進んだ現代社会では真偽にかかわらず必要なものだというのだ。何かの陰謀であるらしいと信じることで心の平静を保っている面があるというのは、目からウロコの切り口である。

陰謀は陰謀を生む。

陰謀は超古代文明の人々から、宗教・政治・事件・事故さらにはUFOや宇宙人をも飲み込んで繋がり現代と過去・未来を結びつける。

推測は推測を呼ぶ。

推測は必ずしも的中しないので現実とのズレが生じる。このズレが更に推測を呼び、こうして無限の予測。推測の連鎖が生じる。ここには過去も未来も現在に干渉し常に軌道変更を要請してくる。

コンスピラシー・セオリーは時空を越えて円環をなしぐるぐると回り続けるものなのだ。そしてその中心には、遺伝子の企み、生命の企み、更には宇宙の企みがあり、すべてはつながって回り続けているのだ。


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スパイの世界史」海野弘

2006/02/18:スパイ小説大好き。ジョン・ル・カレやレン・デイトンを初め本当に読み漁った時期があった。しかし、ソ連が崩壊し、ル・カレの「パーフェクト・スパイ」を読んでスパイ小説はある意味完結したと感じた。もうこれ以上のものは出て来ないだろうと思ったが、残念ながらそれは今でもまだ変わらない。

現実の諜報活動が普段着で礼儀正しいごく普通の一般人に紛れてひっそりと諜報活動を行うスパイの世界からステルスやITの超ハイテク技術と高度に訓練された急襲、強奪、破壊を遂行する特殊部隊による軍事作戦へと移行。

それと同様、小説世界もエスピオナージュの世界からトム・クランシーのジャック・ライアンやクラークが暗躍するポリティカル・スリラーの時代へと変遷していくと考えたのだった。

「スパイ」という言葉もその意味も変質して久しい先日、驚くようなニュースが流れてきた。モスクワの英国大使館員が公園で大きめの石を拾って自宅へ持ち帰った。

しかしそれは秘密工作員との間の連絡に使う石に見せかけた通信装置であり、その様子はKGBの後継機関であるFSBによって撮影されていたというのだ。

石に見せかけた通信装置というのも凄いが、そんな活動を行っている人物を尾行する影の組織!

正にスパイ小説さながらの事件ではないか。

ニューズウィークには、更に一歩踏み込んだ記事が書かかれていた。

「偽情報に基づくプロパガンダは反体制派を中傷する際のKGBの常套手段」であるとし、映像がロシア国営放送で流れた上に、ロシア国内のNGO団体との繋がりが示唆されているのはプーチン大統領とFSBが国内の反体制活動に対して国外の資金や情報の流入を阻止する為のロシアの謀略だというのだ。

なんと、なんとスパイの時代は終っておらず、脈々と今も暗闇で静かに息づいていたという訳だ。この「偽情報に基づく...」云々がロシアの常套手段だなどとは、西側も良く言うよという感じだ。

これはどちらか一方が「嘘」の情報を流しているのだろうか、或いは両方が大衆を欺いているのだろうか。だからこそ、諜報活動は面白いのだ。

そんな折、目に飛び込んできたのはこの一冊。正に「読んでみたら?」と満面の笑みを湛えながら語りかけてくる本。それが本書「スパイの世界史」だった。

それは懐かしい旧友に道でばったり出遭った時の様に驚き、悦び貪るように読んだ。
間違いをして知られたスパイだけを書くことができる。完全なスパイは、知られずに、歴史の闇に消えていく。だが、姿形もないというのは、居なかったも同じである。完全なスパイというのは退屈である。とディーコン(リチャード・ディーコン)はいう。
間違いをして、尻尾を出して見えるからこそ、面白いし、書くことができる。したがってスパイの物語は、間違いをし、失敗したスパイの物語なのであり、それ故に人間的興味をそそられるのだ。
なるほど、ニュースが消えたのは、失敗しない、尻尾を出さない諜報活動によるものであった訳だ。

本書の諜報活動の変遷とスパイ事件を通じて世界史眺めなおしてみると、世の中はまた違った容姿を見せてくれるのだ。そして、それは国際政治でありながら、間違い、失敗しする人間味にあふれた本当の人間の姿があるのだ。
スパイの歴史はスパイの失敗の歴史であり、スパイのつまずき、スパイの墓標の列なのだ。それだからスパイは面白い。つまずき、ころび、失敗をして姿をあらわしてしまうスパイの群像は私を歴史の時に生きさせる。
まさにその通り!

しかも、「なんでこんな事知ってんだよ〜!」とか「もしかして海野さんもスパイっすか?」というような驚きの連続で面白い事この上ない。ちょいと目次をご紹介しよう。

目次

プロローグ
 スパイとはなにか
 スパイの種類
 インテリジェンス

第一部 スパイ前史
 モーゼからエリザベス女王のスパイまで
 ダニエル・デフォー
 ナポレオンとフーシェ機関
 ドレフェス事件
 マタ・ハリ

第二部 第一次世界大戦
 大戦まで
 美少年を愛したスパイ アルフレート・リドル
 ベーデン−−パウエルと少年斥候隊
 第一次世界大戦の原因
 サラエヴォの謎
 カール・ロディ、あるドイツのスパイ
 戦時謀略宣伝
 死の商人ザハロフ
 レーニンの封印列車
 アラビアのロレンス

第三部 二つの大戦の幕間
 情報戦争はつづく
 一九三〇年代
 ヒトラーのスパイ
 スターリンのスパイ
 クリヴィッキー、ライス、トロツキー
 トロツキー暗殺
 トハチェフスキー事件

第四部 第二次世界大戦
 情報は大戦を防げなかった
 奇妙な戦争
 チャーチルのスパイ
 ルーズヴェルトへの密使
 シンシア
 カナリスとハイトリッヒ
 SSインテリジェンス
 キケロ
 パール・ハーバーと謀略
 OSS
 メアリ・パンクロフト
 バルバロッサ作戦
 <赤いオーケストラ><ローテ・カペレ>
 暗号名ルーシー
 ゾルゲ
 ノルマンディ上陸作戦
 
第五部 冷戦
 冷戦のはじまり
 原爆スパイ
 ケンブリッジ・スパイ・リング

第六部 1950年代
 CIA
 KGB
 ポートランド・スパイ・リング
 朝鮮戦争
 ハンガリー動乱、一九五六
 寒い国から帰ってきたスパイ
 ベルリン・トンネル
 ジョージ・ブレイク
 イランのクーデター

第七部 1960年代
 U2機スパイ飛行
 キューバのスラップスティック
 ペンコフスキー事件
 裸のスパイ−プロフューモ事件
 モサド−第四の、そして最強の情報機関
 六日戦争と二人のスパイ
 ヴェトナム戦争T ゴ・ジン・ジェム暗殺
 ヴェトナム戦争U フェニックス作戦
 プラハの春

第八部 1970年代
 ウォーターゲート茶番劇
 ミュンヘン・オリンピックの惨劇
 ヨム・キップル事件
 チリ アジェンデとCIA
 アンゴラ−キッシンジャーの失敗
 ブラント首相のスパイ・スキャンダル
 テロの時代へ

第九部 1980年代
 フォークランドの勝利と敗北
 大韓航空機撃墜の謎
 人質救出作戦
 イラン・コントラ事件
 ユダヤのスパイ、ポラード

第十部 1990年代

 ソ連崩壊
 サダムと湾岸戦争
 ノリエガをつかまえて
 冷戦にとり残されたスパイ
 アフガニスタンから9・11まで

エピローグ
 ヒューミント、シギント、イミント
 軍産学複合体のスパイ
 スパイとテロリストの間
 窃視症エイジ
 <スパイからのぞいた世界>
 スパイ・ロマネスク
 スパイは世界を変えるか
 ヒューマン・ファクター

これら目次にあらわされてくるものは、正に人間の「情念」なのかもしれない。

見ることは裏切りなのだろうか。のぞくことは<ヒューマン・ファクター>(人間的要素)であり、人間は、スパイである宿命を逃れられないのかもしれない。私たちはそのような人間の深い淵をのぞきこむ。
僕は好奇心旺盛で何にでも首を突っ込むたちだ。まして「謎」・「秘密」とくれば誰しも本当の事を知りたいと思うだろう。

一方で人に知られたくない「秘密」が生まれるのも避けられないものだろう。インターネット社会が広がり、広大な情報の海をエクスプロールする僕もまた世の中をのぞきみている。

そしてこれを読んでいるあなたも。

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銀河ヒッチハイク・ガイド
(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)」
ダグラス・アダムス(Douglas Adams)

2006/02/04:私たちはどこからきて、どこへ行くのか。人生で解ける見込みはないと思っていた問いに突然答えが降ってきてしまった。

その答えは「42」。

何故「42」なのか。

何故、Googleで「人生、宇宙、すべての答え」と検索すると「42」と答えてくるのか。

そんな人生の秘密に全て答えてくれるのが本書、ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイク・ガイド」なのだ。

こんな答えを何の前触れもなく受け止めてしまった僕は、明日からどうやって生きていけばいいのだろうか。明日から僕は何に悩んでいけばいいのだろう。

そもそも、何かに悩んでいたのではなく、悩んでいるような気がしていただけなのかもしれない。いやいや悩んでいる振りをしていただけなのかもしれないね。

元々は1977年にBBCのラジオドラマとして放送されたものだそうで、これが大絶賛された事で、翌78年本として出版され、更には外伝の短篇も含め、6編からなるシリーズとなったものだ。

それはスラップスティックSFの金字塔、生まれながらに伝説となる程の超弩級の大傑作だという。

日本では1982年に新潮社から出版されていたようだが、僕はこの存在をまるで知らなかった。昨年「銀河ヒッチハイク・ガイド」が映画化された事で知ったのだった。折りしも河出出版から「銀河ヒッチハイク・ガイド」が出され書店に並んだ事で漸く手にする事が出来たという訳だ。

読み始めてみると、果してこれが、メチャメチャ面白いのだ。

イギリスの片田舎に住む主人公のアーサー・デントは自宅がパイパス道路計画に引っかかった為、立ち退き取り壊しに合う事に抵抗して庭に座り込んでいる。

そこへ友人のフォードがやってきて、家の事なんかより、よっぽどずっと大事で「こんな重要な話は今までに一度も聞いた事がないって程重要な話だ。」とパブに誘い出す。

実は銀河パイパス建設の為に地球は取り壊される事になっているというのだ。地球の終わりは近い。

それは「あと12分ほど。」

地球が消滅する直前、アーサーとフォードは辛くもヴォゴン土木船団の料理人にヒッチハイクしてもらい命拾いする。

フォードは実は地球人ではなく、ペテルギウスからやってきた「銀河ヒッチハイク・ガイド」のライターだったのだ。

「銀河ヒッチハイク・ガイド」は小熊座にある大手出版社が出した「欠落は多いし、いかがわしいとまでは言わないまでも、少なくとも大いに不正確な記述も少なくないのだが」超ベストセラーになっている驚くべき本だった。

それは二つの重要なポイントで優れていたからであり、第一は少しばかり安いという事。第二は表紙に大きな字で「パニクるな」と書いてある事だ。

その「銀河ヒッチハイク・ガイド」には勿論地球に関する記述もあった。

それは、「無害」。

フォードはたまたま地球の記事を書くためにやってきていたのだが、手違いで足止めされていたのだった。その間には彼の手によって記事が更新されていた。

「ほとんど無害」

その地球も今は消滅してしまった。そして二人の行方には途方もない物語が待っているのだった。奇想天外なキャラクターと繰り広げられる殆んど破綻しているといえる程ハチャメチャな展開はもうほんとに楽しい。

「宇宙クリケット大戦争」が絶版となっている事で現在書店では、本書と続編の2冊があるのみ。是非シリーズ耳をそろえて頂きたいものだ。

映画もかなり面白そうだね〜。作者のダグラス・アダムスはこの映画の脚本も手掛けたが、完成前の2001年5月スポーツジムでトレーニング中に心臓発作で急逝。

ダグラス・アダムスのウェブ・サイトはこちら

http://www.douglasadams.com/


ダグラス・アダムスの作品一覧

「銀河ヒッチハイク・ガイド
(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy) (1979)
「宇宙の果てのレストラン
(The Restaurant at the End of the Universe) (1980)
「宇宙クリケット大戦争(Life, The Universe and Everything) (1982)
"So Long,and Thanks for All the Fish" (1984)
"Mostly Harmless" (1992)

外伝の短篇
"Young Zaphod Plays it Safe"


The Hitchhiker's Guide to the Galaxy
Buy at AllPosters.com




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文明崩壊−滅亡と存続の命運を分けるもの
(Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed) 」
ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)

2006/01/28:前著「銃・病原菌・鉄」は瞠目・感嘆。知的興奮に満ち溢れたものだった。僕は暇を見つけては繰り返しこれを読んでいるのだが、これ程の本にはなかなか出合えるものではない。

そのジャレド・ダイアモンドの最新作となれば、何をおいても手を出さずいられる訳がなかろう。しかしこのボリューム、少し寄り道もしながらではありましたが読み終わるのに2週間近くかかってしまいました。

そして、読了。本書は前著に負けない、いや提示している問題について云えば前著を凌駕している程でした。2006年早くも大イチオシ。読まずに死ねるか。

前著は著者がニューギニア人の友人ヤリから投げられた、「あなた方白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」という素朴な疑問に端を発している。

大昔、同じアフリカの森の中から旅立った人類が地球全土に広がる過程で、何故ある者は様々なものを発見、発明し発達させることで多くを持ち、ある者は何千年も前と同様ほとんど何ももたない生活を続けているのだろうか?

原始的な生活を営む人々を人種的に劣っているとし、差別する事で多くの不幸が生み出されているが、その考え方はほんとうに正しいのだろうか。

世界中の富める社会、貧しい社会、の様々な条件を一つ一つ検証していく事で、実は現在の社会の不均衡さはその地域に住む人種の優劣などではなく、その地域そのものの環境に因るものであった事を実証していく。

ある地域では、気候や地形が農耕に向かず都市を集約化し、農耕狩猟以外へ労働力を振り向ける力を持つ事が出来ず、別な地域では、大規模な農耕が可能だった事から高度に都市化。労働は集約され食料の生産性を高め、更には住民の一部を政治や宗教、開発等の分野に人材を振り向ける事が可能になった。

また大規模集団では、小規模の集団に比べ試行錯誤による成功、優秀な人材の出現も頻度が多くなる為進歩するスピードも早かった。このような差が現代の社会的不均衡さという結果となって現れているというものだ。

そして本書、「文明崩壊−滅亡と存続の命運を分けるもの」は過去から現在という縦軸で世界に興った様々な社会に目を向け、何故ある社会は滅亡し消滅し。ある社会は数千年という歳月のなかで滅びる事なく持続しているのだろうという疑問で検証を始めるのだ。もうこの切り口だけでも、十二分に好奇心がそそられませんか?

失われた文明。インカ帝国、イースター島等それらの遺跡は我々の想像力をかきたててやまない。なかでもその最後の日々。それがどんなものだったろうか。

イースター島はその昔はヤシの大木が覆い茂る緑豊かな島であったという。しかし部族間でモアイ像の建立を競い合ううちに持続不能な程の伐採を行ってしまった事で、環境資源が枯渇してしまったという。

なんでそんな愚かな、と思わずにはいられないだろう。そんな事態になる前に我々は軌道修正するのが普通だと思う。

しかし、現実にイースター島の文明は崩壊してしまった。何故なのだろう。そこには風景健忘症と呼ぶべき問題があるという。

風景健忘症は、「最後の一本のヤシの木を前にしたイースター島民は、それを切り倒しながらどんな言葉を吐いたのか?」というUCLAの学生たちの疑問に対し、答の一部を与えているに思う。

わたしたちは、無意識のうちに突然の変化を想像する。つまり、ある年には、まだ背の高いヤシの木が島を覆っており、ワインを醸造したり、果実を穫ったり、石像を運んで立てるための木材を切り出したりするのに利用されていたが、次の年には、ヤシの木は一本しか残っておらず、ひとりの島民が信じがたいほどの自己破壊的な愚考によって、 それを切り倒してしまったのではないか、と。

ところが、それよりもずっと蓋然性が高いのは、年々の森林被覆変化が、ほとんど検知できない程度のものだったのではないかという推測だ。たしかに今年、われわれは、あちら側で数本の木を切り倒したが、こちら側の荒れ果てた庭園では、また若木が伸び始めている・・・・。

島でいちばんの年寄りたちだけが、数十年前の子ども時代を振り返って、違いを認識できたのではないだろうか。

今日、わたしの十七歳の息子たちが、四十年前のロサンゼルスのようすに関する妻とわたしの話を理解できないのと、同じように、老いた島民の子どもたちも、背の高い森についての両親の話を理解できなかっただろう。

しだいに、イースター島の樹木は少なくなり、小さくなり、重要性を失っていった。実を結ぶヤシの大木の最後の一本が切り倒されたとき、その種はとうの昔に、経済的な意義を持たなくなっていた。

その地には、どんどん小さくなっていくヤシの若木だけが残り、それも他の藪や小さな木立とともに毎年切り払われた。

最後の小さなヤシの若木が倒れてしまったことに、誰も気づきはしなかっただろう。

そのときまでには、数百年前の価値のあるヤシの森の記憶は、風景健忘症に屈していたのだ。



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考えてみれば、我々の祖先は野生動物の群れを追って地球全土を走破した。しかし今そんな光景は殆んど失われてしまった。野生動物の群れ等は滅多にお目にかかれるものではない。日本でそんなものに出会ったら自分を疑うだろう。そしてそれが当たり前になっているのだ。

僕が子どもの頃は鯨が学校給食や食卓にのぼることがあったが、今ではそんな事は殆んどなくなっている。この数十年だけでも確実に野生動物の種は減少し、食料に供される動物の大きさは小型化してきているのだ。

僕たちの子どもや孫が大人になる頃、我々人類はどんなものを食べているのだろうか?イースター島文明の運命が示唆する問題は、我々の社会と地続きなのだ。

そしてルワンダ。本書ではルワンダのジェノサイドが何故起こったか、地勢や変化する環境圧力等の諸条件を検証する事で明確に分析してくれている。

それは「ジェノサイドの丘―ルワンダ虐殺の隠された真実」を読んでも埋め合わせられない疑問の大きな穴を埋めるものだが、その原因と導き出される我々の将来は限りなく暗い。

僕達の社会は問題を解決していけるのだろうか。数千年、数万年の期間で持続可能なのだろうか。

こんな時、僕はチャーリー・ブラウンの「人生最良の日というものがあって、そしてそれはもう過ぎてしまっていたとしたら、どうする?」という独白を思い出さずにはいられない。

高度に集約された社会を形成し、近代化された文化は限りなく我々に便利で快適な生活をおくらせてくれている。一方で著しい環境侵害による汚染、破壊も過去に例の無いスピードで進んでしまう弊害も生じている。これらの環境被害は個人より、企業の経済活動によってもたらされるケースの方が深刻な場合が多い。それについて著者は厳しいながらも楽観的なスタンスだと述べつつ解決に向かう道筋を示してくれている。
企業への非難は、もうひとつ、人々に害を及ぼすことが企業の利益になるような状況を作ったのが、突き詰めれば一般市民の責任だという事を無視している。

つまり、わたしたちは鉱業会社に浄化を求めなかったし、持続不能な伐採によって作られた木製品を買い続けた。

長い目で見れば、直接的に、あるいは政治家を通して、環境破壊的な経営方針を不利益かつ不法なものとし、持続可能な環境対策を収益性の高いものとする力を持つのは、一般市民なのだ。

一般市民は自分たちに害を及ぼす企業を訴える事ができる。エクソン・ヴァルディーズ号やパイパーアルファ油田やボパールの事故のあと、そういう訴訟が行われた。

一般市民は持続可能な採取から作られた作られた製品を選んで買うことができる。そういう行動が、ホーム・デポや、ユニリーパを動かした。一般市民は、悪慣行を改めない企業の従業員が、自分の職場を恥じ、経営者に抗議するよう仕向けることができる。

一般市民は、シェヴロンがノルウェー政府の契約を勝ち取ったように、環境保護の実績を持つ企業が公共事業の入札で優遇されるよう、政府に働きかけることができる。

また、一般市民は、アメリカ政府が一九七〇年代と八〇年代に石炭産業に新たな規制を課したように、環境への配慮を義務づける法律や規制を実施するよう政府に圧力をかけることができる。
本書は個人がこうした知恵と意識を持って生きる事で永続的に持続可能な社会を維持する事ができると期待しているという。僕もそうなる事を心から祈る。そしてもう一度言おう。本書を一人でも多くの人が読んで欲しいと。


目次

プロローグ ふたつの農場の物語
・モンタナとグリーンランド−−ふたつの農場
・過去に消滅した数々の社会
・環境問題をめぐる差別と過去賛美
・崩壊を招く五つの要因
・わたしの立場−−環境保護とビジネス
・異なる社会の比較研究法
・本書の構成

第1部 現代のモンタナ
第1章 モンタナの大空の下
・モンタナのマス釣り
・"大空の国”で過ごした夏
・大自然と環境破壊−−モンタナの矛盾
・狩猟社会から娯楽産業へ
・鉱業が生み出す有毒廃棄物
・皆伐方式がもたらす森林破壊
・塩類による土地被害
・地球温暖化による水不足
・外来生物種による被害
・貧困と富裕の分極化
・入植初期から続くライフスタイル
・州議員が語るヴァレーの意味
・土地開発業者の言い分
・酪農家の「制御できないリスク」
・三十年前のままの美しい自然
・"世界のモデル”としてのモンタナ

第2部 過去の社会
第2章 イースターに黄昏が訪れるとき
・巨石像をめぐる数々の謎
・イースター島の地理と歴史
・岩石を使った集約農法
・民族間抗争から統合へ
・石像(モアイ)と台座(アフ)の謎
・モアイはいかにして運ばれたか
・かつては亜熱帯性雨林の島
・食料動物種絶滅と森林破壊
・倒されるモアイ−−イースター社会の崩壊
・ヨーロッパによる搾取と虐待
・森林破壊を促す九つの要素
・ "孤立した地球”のメタファー


第3章 最後に生き残った人々−−ピトアケン島とヘンダーソン島
・バウンティ号の叛乱者たちが見たもの
・条件のまったく違う三島
・交易によって存続した三島
・ドラマの終わり−−交易を絶たれた二島

第4章 古の人々−−アナサジ族とその隣人たち 
・砂漠の農夫たち
・年輪年代法が歴史を再現
・農業戦略−−水の確保をめぐって
・モリネズミとチャコ峡谷環境問題
・地域統合−−外郭集落と中心地チャコ
・衰退と終焉
・遺跡が語るもの−−持続可能性の問題


第5章 マヤの崩壊
・消えた都市の謎
・マヤの環境−−北部と南部の水対策
・農法と食料供給
・「長期歴」で刻まれたマヤの歴史
・コパンの谷−−森林伐採と土地浸食
・複合崩壊
・戦争と旱魃
・南部低地の崩壊
・マヤ崩壊が語るもの

第6章 ヴァイキングの序曲(プレリュード)と遁走曲(フーガ)
・大西洋上の実験
・ヴァイキングの勃興
・自己触媒作用−−掠奪・富・精力拡大
・農夫としてのヴァイキング
・鉄器製造のための莫大な樹木
・首長たちの提携と抗争
・キリスト教への改宗と自己意識
・六つの植民地の存続と滅亡
・火山、氷、水、風−−アイスランドの環境
・土地管理−−失敗の歴史
・アイスランドと他の入植地の違い
・ヴィンランド−−短期間で滅んだ辺境の国

第7章 ノルウェー領グリーンランドの開花
・ヨーロッパの辺境
・グリーンランドの現在の気候
・一時的な温暖期
・在来の動植物種
・ノルウェー人入植地
・牧畜を糧とする農場運営
・魚を食べなかった狩猟民
・複雑に統合された経済
・暴力的な階層社会
・ヨーロッパとの交易
・ヨーロッパ人としての自己意識

第8章 ノルウェー領グリーンランドの終焉
・終焉への序章
・鉄不足が招いた森林破壊
・土壌と柴土へのダメージ
・イヌイットの先人「ドーセット」
・極北を生き抜いたイヌイット
・イヌイットに対する"悪しき態度”
・終焉−−入植地の消滅
・終焉を招いた真の理由

第2部 過去の社会(承前)
第9章 成功への二本の道筋
・環境問題解決のふたつの道
・ニューギニア高地−−数万年にわたる社会の維持
・ティコピア島−−社会と環境のコントロール
・森林資源の損なわれた江戸時代の日本
・徳川幕府の解決策
・なぜ日本社会は崩壊しなかったのか?
・成功を収めた社会の例

第3部 現代の社会
第10章 アフリカの人口危機−−ルワンダの大量虐殺
・人口爆発という難題
・ルワンダの大虐殺
・「民族間の憎悪」以外の理由
・カナマ社会の土地争い
・フツ族同士で起こった殺戮
・殺戮はなぜ起こったのか?

第11章 ひとつの島、ふたつの国民、ふたつの歴史−−ドミニカ共和国とハイチ
・対照的なドミニカとハイチ
・歴史−−植民地時代から現代化まで
・相違を生み出した要因
・ドミニカ共和国の環境対策
・バラゲール大統領の真意
・環境問題と自然保護の現在
・ドミニカ共和国とハイチの将来

第12章 揺れ動く巨人、中国
・中国の重要性
・中国経済と環境問題
・大気、水質、土壌の汚染
・棲息を脅かす外来種と巨大ダム
・環境と人間への影響
・他国への影響
・中国の未来−−環境破壊と環境保護

第13章 搾取されるオーストラリア
・オーストラリアの重要性−−資源の搾取
・最も非生産的な大陸
・予想不可能な降雨量
・他国からの距離の問題
・歴史−−入植者と先住民
・価値観の輸入
・貿易と移民
・土地の劣化
・その他の環境問題−−林業、漁業、淡水、外来種
・希望と変化の兆し

第4部 将来に向けて
第14章 社会が破滅的な判断を下すのはなぜか?
・正しい意見決定へのロードマップ
・環境問題の予期
・環境問題の感知
・合理的かつ非道徳的行動
・環境破壊に結びつく価値観
・非合理的行動が生み出す失敗
・失敗に終わる解決策
・希望の兆し−−失敗の原因を理解すること

第15章 大企業と環境−−異なる条件、異なる結末
・資源は誰のものか?
・ふたつの油田地帯
・石油会社による環境保護
・鉱業がもたらす環境の破壊と汚染
・鉱業会社による環境対策
・企業間で異なる環境への取り組み
・林業がかかえる問題
・森林管理協議会の成果
・海洋漁業と環境問題
・企業と公共性−−一般市民はどう関わるか?

第16章 世界はひとつの干拓地(ポルダー)
・とりわけ深刻な"十二の環境問題”
・問題解決と社会の持続可能性
・ロサンゼルス生活と環境問題
・反論への反論−−問題から目をそむける数々の定説の検証
・過去と現在−−その相違と相似
・希望の根拠−−慎重な楽観主義者として


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暗く聖なる夜(Lost Light)」
マイクル・コナリー (Michael Connelly)

2006/01/21:ボッシュ・サーガの第9作目である。マイクル・コナリーとの付き合いもおよそ15年になる!

しかし9作とは意外に少ないな。もっと多い、長かったように感じる。それは登場人物達の人間関係が複雑に絡み合って物語に他にはない深みが生じているせいかもしれない。

個人的には前作、前々作があまり好みでなかった事もあってやや躊躇したけど、ここまで付き合ってきて降りるのは忍びないと読み始めた訳だが、これが嬉しい事に予想に反して、面白い。物語の展開や設定が初期のボッシュ、僕好みのものに戻っているではないですか。

その主人公ボッシュも52歳、28年勤めた警察を辞めた身となっている。ローンを払い終えた家があり、現金で買った車。生活には十分な年金、と何不自由ない生活だ。しかし、










何の問題もない。だが、何かが欠落しており、心の奥底で、わたしはその正体がわかっていた。
私は演奏場所を与えられるのを待受けているジャズ・ミュージシャンのように暮らしていた。夜遅くまで起きて、壁を見つめながら、赤ワインをしこたま飲んだ。
楽器を質に入れるか、それを演奏する場所を探すか、どちらかをしなければならなかった。
まぁつまり殆んど引退生活に馴染めていないのだ。

そんな彼のところにかかってきた一本の電話。
「ハリー、アンジェラ・ベントンの事を思い浮かべることはあるか?」

電話の主はロートン・クロスという元刑事だった。しかし彼の場合は悠々自適の引退生活とは程遠い身の上だ。

彼は捜査中に入ったバーで強盗に居合わせ銃撃を受け相棒は死亡、自身は首から下が完全に麻痺して寝たきりの状態なのだった。彼が口にしたアンジェラ・ベントンという名前は、4年前に他殺死体で発見された黒人女性のものだった。

事件直後の捜査担当だったボッシュは彼女が祈るように手を合わせた形で倒れている姿を忘れられずにいた。

生前、彼女は映画制作に係わる仕事をしており、ボッシュは彼女の仕事場である撮影現場に出向く。

そこでは主人公が銀行強盗をする物語を撮影中で、ボッシュが訪れたその日は本物の現金200万ドルを使って撮影を行われようとしていた。

ボッシュが彼女の仕事机を物色している頃、現金輸送車が撮影所に入ってきた。
するとまもなくそこへ本物の強盗が。

異変に気付いたボッシュは現場に近づくが、突然発砲がはじまるや激しい銃撃戦へと発展。ボッシュも応戦に加わり強盗の一人を撃つが、強盗達は現金を強奪して逃走してしまう。

殺されたアンジェラ・ベントンがこの現金調達に係わっていた事から強盗事件を担当するクロス達に捜査が引き継がれる事になったのだが、クロス達の死傷により捜査の進展がないままになっているのだった。

この辺りのド派手なアクションと伏線バリバリの導入部分。正に「ナイト・ホークス」を彷彿とさせる展開。もう、これを待ってたのよ。

ボッシュは引退時に手に入れていた私立探偵許可証を手に埃を被ったこの事件の捜査を独自に始めるが、動き始めた途端に古巣の市警、更にはFBIから激しい圧力がかかって来る。それはどうも国家安全保障に係わる問題が絡んでいるらしいのだ。

そして、エレノア・ウィッシュ。
元妻はラスヴェガスでポーカーのプロになっている。窮地に立たされたボッシュは彼女の手を借りるのだが、それは自分自身にとって彼女とコンタクトを取る理由付けであり、依然して彼はエレノアの事を愛しているのだった。

ボッシュの協力に応じるエレノアではあったが、どこか謎めいた部分がボッシュを落ち着かない気分にしていくのだった。

果して、ボッシュはアンジェラ・ベントンを殺した犯人に辿りつけるのだろうか。物語は2転3転とテンポ良く転がり、ある意味「普通」で、それも暗すぎない動機。そしてきっちりと驚かせてくれるラストが用意されている。

しかし読み終わって見ると邦題がなぜこんなかは不思議だ。

やや含んだ言い方をさせて貰えば更に見事な着地も用意されている。これはもう読まない手はないですぜ。だんな。

またボッシュのシリーズはこの調子で次作へと引き継がれていく様で、これまた大歓迎である。楽しみだ。

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スノーグース(THE SNOW GOOSE)」
ポール・ギャリコ(Paul Gallico)

2006/01/02:ポール・ギャリコ(Paul Gallico:1897年7月26日〜1976年7月15日)はイタリア系のアメリカ人。

1930年代のニューヨークでスポーツライターとして人気を博した。しかし彼は小説家の世界へ足を踏み入れていく。

短編「スノーグース」はその彼の初期の作品で、1941年にオー・ヘンリー賞の短編部門で受賞した。1943年から1946年の間、彼は第二次世界大戦の戦争特派員を勤め執筆活動は停滞したが、「スノーグース」の成功もあって終戦後は小説家を本業とする事にしたようだ。

彼はやがてアメリカを離れイギリスへ移住、そしてコート・ダジュールで亡くなる1976年までヨーロッパ各地を転々としながら執筆を続けた。彼の作品の多くは心温まるファンタジーで、欧米ではかなり愛された作家だった。

しかし、日本では、何故か比較的影の薄い存在だったようだ。彼が亡くなった70年代後半あたりからようやく紹介されるようになった。その先陣を切ったのが「雪のひとひら」であり「さすらいのジェニー」だったようだ。

僕がポール・ギャリコの本と出遭ったのはちょうどそんな時期。大学生4年、1985年頃だった。それまでは映画「ポセイドン・アドベンチャー」の原作者として名前を知っていた程度だった。その彼のファンタジーだという。

懸離れたジャンルに多少戸惑いながらも、何処かの書評で絶賛されてた事もあって本を手にしたのだと思う。それが、「さすらいのジェニー」(文庫では「ジェニー」に改題された。)だった。

読んでみると、それはとんでもなく素晴らしい物語だったのだ。その余の面白さに友達に薦めて読ませたりした程だった。そしてその一人が今のカミさんだ。

という訳で僕にとって「さすらいのジェニー」は、本当に大切な一冊であり、ポール・ギャリコはとても縁深いというか、とっても大切な作家なのだ。

「スノーグース」、生まれつきの畸形から嫌世し一人灯台小屋暮す男ラヤダーは、人知れず慈愛に満ち溢れており、野鳥とふれあいながら絵を描いて暮らしていた。ある日そんな彼のところへ幼く無学な農夫の娘が傷ついたスノーグースを抱いて訪れる。

彼ら二人はグースと共に静謐で美しい時間を過ごすが、やがて世界情勢の動きから物語は驚くべき展開を迎える。いつしか、何も知らない少女は大人の女へと成長し、傷ついていたグースは死をも包含し生を生み出す女性性の象徴として空に舞う。

本書には他に「小さな奇蹟」と「ルドミーラ」の二篇が収録されている。どれも忘れられない余韻と示唆に富む素晴らしい物語だ。全編に漲る知性とやさしさ。正に珠玉の名こそ相応しい。

これは矢川澄子さんの素晴らしい翻訳にも負う所大だろう。矢川氏の「さすらいのジェニー」あとがきを読み返すと

たまたま、60年代も末のある日、だれにおそわった訳でもなくただ「スノーグース」と同じ作家のということでペンギン文庫版の原書を手にしたのでしたが、そのときの素朴なおどろきを今以ってわすれることができません。読み進むにつれあたかもヴェールを一重また一重とはがすように、薄汚れた現代の意匠のかげからほのかな純金のひかりが滲みはじめ、最後にいたってまぎれもない万古不易の《永遠の女性》像のまぶしいばかりの裸形が露にされた思いでした。
なんて事が書いてある。

彼女はかなりリアルタイムでポール・ギャリコの存在を捉えていて、当然、既に「スノーグース」も読んでいた。これを読んでも、ポール・ギャリコの素晴らしさが解って頂けるのではないだろうか。

《永遠の女性》という言葉に込められている、女性性への崇拝こそギャリコの核心にあるものだと僕は思う。日本人としてそれを、いち早く気付き受け止めていた人こそこの矢川さんだったのだな。

ポール・ギャリコ(Paul Gallico)の著作リスト

・The Best of Paul Gallico(1988)
・The House that Wouldn't go away(1979)
・「海底の怒り(Beyond the Poseidon Adventure)」(1978)廃刊
・Miracle in the Wilderness(1975)
・「ハリスおばさんモスクワへ行く(Mrs. Harris goes to Moscow)」(1974)(US: Mrs. 'Arris goes to Moscow)
・「シャボン玉ピストル大騒動(The Boy who invented the Bubble Gun)」(1974)廃刊
・Honourable Cat(1972)(US: Honorable Cat)
・「ズー・ギャング(The Zoo Gang)」(1971)廃刊
・「マチルダ(Matilda)」(1970)
・The Day Jean-Pierre Joined the Circus(1969)
・「ポセイドン・アドベンチャー(The Poseidon Adventure)」(1969)
・「トンデモネズミ大活躍(Manxmouse)」(1968)
・Gallico Magic (1967)
・The Revealing Eye(1967) Nonfiction
・「「きよしこの夜」が生まれた日(The Story of Silent Night)」(1967) Nonfiction
・「ほんものの魔法使い−罪のないお話(The Man who was Magic)」(1966)
・「ゴールデン・ピープル(The Golden People)」(1965)
・The Day Jean-Pierre went round the world(1965)
・「ハリスおばさん国会へ行く(Mrs. Harris, M.P.)」(1965)(US: Mrs. 'Arris goes to Parliament)
・「セシルの魔法の友だち(The Day Jean-Pierre was Pignapped)」(1964)
・「猫語の教科書(The Silent Miaow)」(1964)
・The Hand of Mary Constable(1964)
・Three Stories(1964)(US: Three Legends)
・The Day the Guinea-Pig talked(1963)
・「愛のサーカス(Love, Let me not Hunger)」(1963)廃刊
・Coronation(1962)
・「われらが英雄 スクラッフィ(Scruffy)」(1962)
・「銀色の白鳥たち -ある物語作家の告白(Confessions of a Story Teller)」(1961)(US: Further Confessions of a Story Writer)
・「ハリスおばさんニューヨークへ行く(Mrs. Harris goes to New York)」(1960)(US: Mrs. 'Arris goes to New York)
・The Hurricane Story(1959) Nonfiction
・「幽霊が多すぎる(Too Many Ghosts)」(1959)
・The Steadfast Man(1958) Nonfiction
・「ハリスおばさんパリへ行く(Flowers for Mrs. Harris)」(1958)(US: Mrs. 'Arris goes to Paris)
・「トマシーナ(Thomasina)」(1957)
・Ludmila(1955)「ルドミーラ」:「スノーグース」に収録
・「七つの人形の恋物語(Love of Seven Dolls)」(1954)
・The Foolish Immortals(1953)
・「雪のひとひら(Snowflake)」(1952)
・「恐怖の審問(Trial by Terror)」(1952)
・The Small Miracle(1951)「小さな奇蹟」:「スノーグース」に収録
・「ジェニー(Jennie)」(1950)(US: The Abandoned)
・Confessions of a Story Writer(1948)
・「ザ・ロンリー(The Lonely)」(1947)
・Selected Stories of Paul Gallico(1944)
・Lou Gehrig: Pride of the Yankees(1942)
・Golf is a Friendly Game(1942)
・「スノーグース(The Snow Goose)」(1941)
・The Secret Front(1940)
・「ハイラム氏の大冒険(The Adventures of Hiram Holliday)」(1939)(US: Adventures of Hiram Holliday)
・Farewell to Sport(1938)

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