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ファーストスター 宇宙最初の星の光
エマ・チャップマン (Emma Chapman)

2022/09/24:宇宙に最初に誕生した星を探す。なるほど星が誕生しなければ銀河も生まれない。どれだけ過去の出来事なのか。となると当然ものすごく遠くを探さないといけないはずで、そんな遠くの星を見つけ出すことなんてできるんだろうか。

前半どこかで何度か読んでいるようなエピソードやなんとなく解っているつもりのお話は筆者のユーモアと巧みなたとえ話でふんふんと楽しみながら読み進めていきました。しかし後半どんどんと難しくなっていく。いや難しいなこれ。

何が難しいってまず本の迎う先が実は最初の星そのものではないということ、原書のタイトルは「最初の光」であって星ではない。そしてこの最初の光は「宇宙の夜明け」とも呼ばれている宇宙再電離という出来事を起こしていて、この再電離が始まった時期を探るというのが本来の研究目的となっていて、この再電離やそこに向かう諸々の背景情報がいろいろと込み入っていて非常に難しいのでありました。

【目次】
はじめに
第1章 虹の彼方へ
日食と新たな事実
光の波長
恒星の温度を測定する
コロニウムの吸収線
光の速度は有限

第2章 種族IIIの星はどこに?
星の分類
視野を広げる
星の家族写真
星の種族

第3章 鳩とビッグバン
白い誘電性物質
ビッグバン
光の赤方偏移と青方偏移
宇宙の膨張
宇宙マイクロ波背景放射
初期宇宙:インフレーション
初期宇宙:元素合成

第4章 星の世界の綱引き
星の綱引きの出場者候補:重力収縮
星の綱引きの出場者候補:燃焼
星の綱引きの出場者候補:核融合
星は爆弾?
星の状態
星の誕生

第5章 暗黒時代
宇宙の温度を測る
スピン温度
最初の光の初検出
説明できないシグナル
ダークマター
平らな回転曲線
ダークマター粒子
ダークマターと最初の星の光
「谷」をめぐる謎
暗黒時代の終わり?

第6章 ファーストスターは孤独か
大酸化イベント
ジーンズ質量
巨大なファーストスターの形成
有毒な星
星のきょうだい
宇宙の大酸化イベント
宇宙に浮かぶ島

第7章 恒星考古学
初期質量関数
金属組成
金属欠乏星の発見
銀河の中を探す
恒星考古学

第8章 共食いする銀河
隠れた質量
矮小銀河
銀河の共食い
矮小銀河を定義する
初代銀河
矮小銀河の化学組成
矮小銀河考古学
銀河の中のダークマター実験室
行方不明の矮小銀河
小さな銀河、宇宙の疑問

第9章 宇宙の夜明け
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
星の運命
重すぎるブラックホール
重力波

第10章 宇宙再電離期
再電離
バブルを膨らます
電離光子源:ファーストスター
電離光子源:クエーサー
電離光子源:銀河
宇宙再電離期への制限
電波天文学
もっと大きな電波望遠鏡が必要になる
電波干渉計での観測
星からの統計的シグナル
不協和音が鳴り響く宇宙
前景放射の軽減
「宇宙には驚かされることばかりだ」

第11章 未知の未知
既知の未知
スクエア・キロメートル・アレイ
地球から月へ、そして地球へ

謝辞
訳者あとがき
参考文献
索引

ビックバンで誕生した宇宙は、その直後から相転移を少なくとも4度繰り返し、4回目の相転移によりクォーク同士がつよく結びつく「クォーク閉じ込め」がおこり、クォークが集まって陽子と中性子ができた。宇宙はさらに膨張を続け37万年後は冷えて、減速した電子と陽子との間に電気的な引力がはたらき、水素の原子ができる。これは「宇宙の晴れ上がり」とも呼ばれる。宇宙の晴れ上がり以前は、光子が自由電子によって全ての波長で散乱されるため宇宙は不透明だったが、水素原子の誕生とともに光子の散乱が起こらなくなることで宇宙が透明になったということを指している。

しかしこの時期、光源となるものとしては、ビックバンの際に発生した光、つまり宇宙背景放射以外には存在しなかったことから暗く、「宇宙の暗黒時代」が始まったとされる。

現在の宇宙空間は低密度で電離された水素電子が点在している状態で、暗黒時代の中性水素原子が再電離していることが分かっている。 再電離するためには恒星、クェーサー、矮小銀河、などからの中性水素原子から電子を引き離すエネルギーが必要となる。再電離したことで宇宙の透明度がさらに進み、恒星による光が広がっていくようになった。
これを「宇宙の夜明け」と呼ぶのだそうだ。

時間の経過とともに大きく膨張してきた宇宙空間のなかでこの「宇宙の夜明け」は一斉、一律に起こったわけではなく、このような光源の発生に伴い局所的にまだらな場所で起こったと考えられている。なのでファーストスター、ファーストライトの痕跡を見つけられれば、どこでいつ頃それが起こったのかを知ることができ、宇宙の現在の状態となってきた過程が詳細に明らかになるという訳なのだという。

恒星内部では核融合により熱エネルギーが発生している。核融合は鉄原子の生成まで進む。鉄よりも重い元素を作り出すには核融合によって得られるエネルギー以上のエネルギーが必要になるためだ。なので鉄より重い元素は恒星内部ではなく、ブラックホールの周辺や超新星爆発などの超高圧、高温、高エネルギーな場所で生み出される。現在の宇宙には希少ではあるけれども鉄よりも重たい元素が存在している。時代を遡っていくと水素原子しか存在しない時代の恒星が存在したことが予想される。水素原子のみで生成された恒星を種族Ⅲと呼ぶ。

そしてこの種族Ⅲの星がまさに「宇宙の夜明け」を起こしたファーストスター、ファーストライトとなったと推測されている。現時点では推測。まだ発見されていない。本書は最新鋭の技術、知見を駆使して収集したデータからこの種族Ⅲの星を探す研究が注目を浴び進んでいるというお話なのでありました。正直若干尻すぼみ感はありましたが、この「宇宙の夜明け」をめぐる様々な出来事は大変興味深く面白く読ませていただきました。


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満願
米澤穂信

2022/09/11:カミさんも僕も読んでいる本が途切れることがない本好き。なのに子供たちは何故か本を読んでくれないというのが悩ましかった。ところがここ最近になって娘が本を読みだした。それも猛然とした勢いで。先日はマイクル・コナリーの「ナイトホークス」を読んで面白いと言ってくれた。ミステリ小説の世界で祖父母の代から三代で同じ本を読んでいるというのってすごいことなんではないだろうか。

そんな娘がこれならということで勧めてきたのが本書米澤穂信の「満願」でありました。人に本を勧めるだけ勧めて勧められた本を読まないなんてということで読ませていただきました。

これは面白い。そして懐かしい。昔たくさん読んでいた短編ミステリの王道をリスペクトしたような内容で正直驚きました。しかもそれが2015年に「このミステリーがすごい!」の第1位になったり、山本周五郎賞受賞を取ったりしていたとは。

食わず嫌いと言ってもいいと思うのだが、ほとんど日本のミステリ小説に手を出してこなかった僕は、米澤穂信という作家さんのこともその高い評価も何も知らないままでおりました。

この方すごい沢山本を書いているばかりか前述の「このミステリーがすごい」や「週刊文春ミステリーベスト10」、「ミステリーが読みたい!」といったランキングの常連さんなんですね。たしかにいくつかタイトルは目にした覚えがある。

そしてこの「満願」は只者ではない手練手管をみせてくれていてなるほど納得です。

短編ミステリ昔ずいぶん読んだなーと思ってみたものの、アガサ・クリスティー以外の作者の名前がほとんどでてこない。ドナルド・E・ウェストレイク・・違うか。頑張って思い出そうとしてみたけど全然でてこない。相当昔に読むのをやめてしまったみたいだ。

でも好きでずいぶん読んでいたはずなんだよなー。
長編小説の場合、最初は見知らぬ人物が主人公でも物語が進んでいくうちに自ずとどんな人物かが明らかになっていくものだし、物語が追っていく謎も中盤ぐらいまでには読者も共有していることが多いと思う。

しかし短編ミステリは主人公が見知らぬ人物であり、善人なのか悪人なのかがわからないまま、そもそも謎が一体なんなのかもオチにたどり着いてすべてわかるような展開になっていることが多いと思う。

「満願」に収められている作品はどれもそんな短編ミステリの醍醐味の韻を踏む作りになっていたのでありました。

夜警
死人宿
柘榴
万灯
関守
満願
解説 杉江松恋

「夜警」
葬儀の写真ができたそうです。

職務中に亡くなり二階級特進となった同僚について気の合わない男だったと言い切る男は交番勤務20年になる先輩警官だった。お前は所詮警官には向かない男だったよと続くこの男の独白は当然ながら亡くなったこの同僚の事件の話なのだと思われるが一体どんな出来事があったのか。

「死人宿」
佐和子の居場所がわかったと聞いて、取るもとりあえず家を飛び出したのは、残暑の名残が長く続く九月も終わりのことだった。

突如失踪し杳として行方が分からなかった元恋人の居場所に慣れない運転でレンタカーを走らせる男の向かう先はバスも通っていない山奥にある温泉宿。佐和子が失踪した理由は何か、そして「死人宿」その意味するところは。

「柘榴」
両親はどこちらも一目を引くような顔立ちではなかったが、母方の祖母が若いころ、小町娘として新聞に載るほどの美女だったという。

生まれ持った美しさを武器に生きるすべを早くから覚えてできるとには活用してきた女さおり。学生時代に容姿は特別ではないが大勢の女の子が魅かれていた男を手に入れた。母に紹介すると母もこの男性を大いに気に入ってくれた。しかし何事にも反対するようなことのなかった父だけが「この男だけはやめろ」と言う。しかしさおりは反対を押し切って結婚、出産する。しかしその段になって違和感を覚えたというのである。

「万灯」
私は裁かれている。

エネルギー商社らしい企業に就職し海外勤務を志望し昭和41年の入社以来、15年間実家に戻ることもなく只管がむしゃらに働いてきたという男。彼の犯した罪はどんなものだったのか。裁かれていると述べているその男はどこにいてこの言葉をつぶやいているのか。

「関守」
エンジンを止めると歌声も止まる。うんざりさせられる繰り返しが終わったことに身震いするほどの解放感を覚え、それから、聞き飽きたCDを無理に聞き続ける必要はなかったのだと舌打ちした。

伊豆半島の延々と続く峠道を超えた先にぽつんと佇む寂れたドライブインで休憩する男は記者だと名乗るが実はムック本に都市伝説の話 を書き散らして糊口を凌いでいるライターだった。とある記事を書くために取材をしにやってきたのだった。

「満願」
待ち侘びていた電話が入ったのは、午後一時を過ぎてからのことだった。
「先生、おかげさまで、今朝方出所いたしました。本当にいろいろとお世話になりました。」

弁護士の男は出所したばかりの女性が訪ねてくるのを待っている。女性の事件の弁護を務めただけではなく、この女性とは弁護士になる前から知り合いだったらしい。弁護士の男は彼女が刑務所に入る前から長く囲われていたことを自分は知っているとつぶやく。

文章がとても良い。何より書き出しの第一文が良い。何気なく投げ出したようにも見える一文だが、読者に予見を与え物語に引き込み、ぐいぐいと引っ張っていく力がこもっている。短編ミステリーははやりこうでないとという模範のような仕上がりだと思う。思いがけないぐらい後味の悪いオチが用意されている部分も含めて短編集の構成として文句のつけようがない一冊ではないかと思いました。

そして警察官だったり弁護士だったり商社マンだったりする登場人物の仕事ぶりや彼らの身の回りにある小物たちがどれも本物っぽい。綿密な取材がもととなっているのだろうか。まるで作者の経験から書いているようなところがあるのだ。 どうだろうか次は長編小説にも手を付けてみましょうかね。

「満願」のレビューはこちら>>

「黒牢城」のレビューはこちら>>


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パーフェクト・スパイ(A Perfect Spy)
ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2022/09/04:本書が文庫本として出版されたのは1994年。今から28年前。結婚して東京の営業部門で働いていた。地下鉄東西線の通勤電車で読んだのだろう。しかし一度目は一体何が起こっているのかさっぱり分らずに最後まで行ってしまい、すぐにもう一度読み返し、ようやくどんな話なのかわかった。そしてその内容に驚いた。

折しも先日亡くなった最後のソ連共産党書記長ゴルバチョフの元、1991年ソヴィエト連邦はあれよあれよという間に崩壊していった。 ソ連の崩壊はつまり西側諸国との冷戦も終わりを告げることとでもあった。後に噓っぱちであったことが分かったイデオロギーの対立が予想外の形で決着がつき民主主義が勝利を収めたと僕らは喜び合い、未来に強く明るい希望の光を見ていたところだった。

そうそう僕はフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」なんかを読んでいて素直にソ連の崩壊は、歴史が終わりを告げるものと信じ込んでいたのではなかったろうか。

今でもはっきり覚えているのは、冷戦の終結とともにエスピオナージュ・間諜小説という小説分野もまた終わりを迎えたと思ったことだった。そして最後にして最高の傑作をル・カレは世に出し来たのだなーと思ったことだった。

僕らはこれからエスピオナージュ・間諜小説に立ち戻ることもなく一切合切を過去のものとして新しい世界に目を向けて暮らしていくのだろうと思った。そして僕は実際に振り返ることもなく、その後に出されたル・カレの本も遠くに眺めつつも手にすることもなく暮らしていったのだった。そして僕はル・カレのみならず仕事に子育てにと忙しくしていて世の中でどんなことが起きているのか無頓着になり、全くの世間知らずだった。

それを嫌というほどに気づかせてくれたのはル・カレなのでありました。勿論今でも世の中のことが分かっているとはお世辞にも言えないんだけれども、自分たちが考えるほどまともでもなければ決して正しいとは言えないようなことが行われてきたし進んでもいるということを感じ取れるぐらいにはなってきたと思うのだ。

それもこれもル・カレのおかげで。

そして今、再び、本書「パーフェクト・スパイ」に立ち返り、再読記事を書く機会を得たことは何より喜ばしいことだと思っています。

ウィーン駐在英国大使館参事のマグナス・ピムは南デヴォン州の海岸町に老婦人が営む小さな宿を訪れる。ミスター・カンタベリー。偽名だが、この宿はなじみで何度も通っている場所らしい。ブラック・タイ、葬式帰りらしい。あまりよく知らない会社の同僚の葬儀にでてきた。そして二週間ぐらいの長逗留になる予定。書き物をするため休暇を取ってきたのだという。

ウィーン。外交官の社交の場であるパーティの席上でピムはロンドンからだという緊急連絡を受ける。それはピムの父、リックが心臓麻痺で亡くなったという連絡だった。ピムは妻のメアリーに「自由のみになった」とつぶやく。

ごく少人数で営まれた葬儀に駆けつけたピムは本来ウィーンにとんぼ返りするはずだった。しかし彼は、そこで持前の技量を最大限発揮し足取りを消し南デヴォン州の隠れ家に向かったのだった。

彼はどんな目的で隠れ家に向かったのか。突然の音信不通に動揺を隠せない妻のメアリーのところにはロンドンからピムの上司ジャック・ブラザーフッドがやってくる。ピムの行方は、そしてなぜ失踪したのか。メアリーがはたと思いついたのは雲行きが怪しかったのはレスボスからだったということ。

ピムの部屋からチェコ製のスパイ道具が発見され、ピムの仕事場からはバーンボックス、万が一の場合、保管されている中身が燃える仕掛けを施された保管庫が無くなっていることがわかる。表向きは外交官だが実際のピムはイギリス情報部のウィーン支局の支局長だったのだ。彼は腕利きとして知られるスパイであった。しかしその彼が重要情報を持ち去って音信不通になったということは、彼が二重スパイである可能性を否定するのは難しくなる。折しもアメリカの情報機関からはピムが怪しいのではないかという意見があがってきていたところだった。そのためイギリス情報部としてはピムの失踪を伏せて調査をそれも大至急で進める必要があった。

トムよ。ピムは息子へと語り掛ける形で文章をしたためていた。それはピムが生まれる前、リックが教会の募金を勝手に流用し送迎用のバスを購入したという話について釈明を求められているところから始まる父リックと、その息子である自分自身の物語だった。 リックはありもしない投資話を持ち掛けては金を集めてバレるやいなや遁走する稀代の詐欺師であった。物心つくころにはその片棒を担がされていくピム。ピムもまたリックに負けないほどの人柄のよさで人を惹きつけてやまない魅力を生かして嘘をつく、考えるよりも早く嘘をついてしまう性を備えていってしまうのだった。

レスボス。地中海。突然の休暇、突然の旅行、家族三人で訪れたのは小さな島。ピムは以前からここに来たいとずっと思っていたというのだが、メアリーにとってそんな話は初耳だった。

ブラザーフッドによればアメリカと合同の委員会を作りチェコの情勢について意見交換することになったのだが、アメリカ側からピムをメンバーから外すよう要請があり、ピムには休暇を取らせたのだという。トムはこの島でクリケットの観戦しているときに見知らぬ老人がピムのところにやってきて親しげに話しをしていたとメアリーに告げる。メアリーもブラザーフッドもピムの人柄を信じ込んで疑うことを忘れていたのだ。

小さな宿の小さな部屋でピムは精力的に文章を書き続けていた、幼いころのピム、子供時代のピム、そして学生時代のピム。このなかで繰り返されるリックの欺瞞にまみれた生活の破綻。そして若きブラザーフッドとの出会い。そしてもう一人の大切な友人アクセルとの出会い。リックの影から抜け出そうとするたびに大切にしている友人恋人家族に嘘をついてしまうピム。

現在進行形で進む失踪したピムの話。メアリーとブラザーフッド。ピムの後を追うプラザーフッド。ピムの生い立ち、時間軸と場面を次々と変えながら明らかになってくる物語の全体像。ウェイントワース、サビーナ、グリーンスリーヴスなど地名なのか人の名なのかわからない単語、それが意味することは何なのか。断片的に語られる出来事を通じて徐々に輪郭を表す登場人物たちは誰もが実在の人物であるかのような深みと息遣いを感じさせる。誰もが愛すべき人物たちであり、ピムも一点の曇りもなく彼らを愛していた。ピムもまたどこまでも憎めない愛すべき人物なのだ。じりじりと進む物語はやがて奔流となりページをめくる手ももどかしくなる。

父リックはル・カレ本人の父がモデルとなっていて実際に詐欺師のようなことを繰り返し刑務所にも何度か入っているようだ。そして主人公ピムはそれが故にル・カレ本人がモデルとなっているのである。ル・カレは自身を二重スパイという立場において物語を描いている。ル・カレもまた情報機関に所属した経験があるのだが、ご本人は二重スパイになるかわりに小説家となり、ありもしない出来事をあたかも現実のお話のように語ることで読者をいわば騙しているということを重ねていた訳なのでありました。まさに傑作としか言いようがない。

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激甚気象はなぜ起こる
坪木 和久

2022/0/27:8月は新潟、山形、秋田、青森と日本海側の地域で線状降水帯が発生し長く居座ってしまった関係で河川が氾濫、大きな被害がでました。そしてこの記事を書いている27日青空が見えているものの、突然の雷雨に注意警報が発令されています。梅雨には雨らしい雨が降らずに水瓶が心配されていたのに、一転経験したことのないような雨が次々とやってくる夏となりました。

頻度も強度も増すばかりにみえる激甚災害はなぜ起こるのか。それは地球温暖化によるものなのではないかと思うのだが、どんなメカニズムが働いているのだろうか。低気圧が発達して台風になり、これが勢力を強めて巨大台風になっていく過程ではどんなことが起こっているのか。改めて考えると正直全然わかっていないことに気づく。

僕が今住んでいる浦安は東京湾に面していて空が広い、そして年間かなりの期間であちらこちらでもくもくと立ち上がってくる積乱雲をみる。そびえるように成長した積乱雲は一体どのぐらいの重さの水を抱えているのだろうか。なんて考えたりもするけれども、この積乱雲がそびえるように成長していくのもまたどんなメカニズムが働いているのか、僕にはあまりよくわかっていない。

まえがき
第1章 繰り返される災いの年
災いの年/2004年の災害/寺田寅彦/2018年の災害/豪雪/平成30年7月豪雨――北海道の豪雨/関東甲信地方の早い梅雨明け/平成30年7月豪雨――西日本豪雨/猛暑/台風/地震と台風
第2章 なぜ日本は激甚気象が多いのか
日本の気候と気象災害/地球の風はなぜ吹くのか/中緯度は渦に満ちあふれている/大陸の東岸で低気圧は爆発する?/モンスーン/西太平洋は地球上で最強の熱帯低気圧の発生地域/なぜ豪雪が発生するのか/コリオリ力/積乱雲は左巻き/日本は竜巻の多発地帯 第3章 高気圧はなぜ猛暑をもたらすのか
高気圧がもたらす災害的な猛暑/太平洋高気圧のもう一つの役割――豪雨や台風への影響/高気圧とは何か/地上付近の気温を上げるものは何か/気圧とは何か/温位とは何か
第4章 水蒸気がもたらす大気の不安定
大気が不安定とはどういうことか/潜む熱/水蒸気とは何か/積乱雲はなぜ突発的に発生するのか/大気の不安定を判別する相当温位 第5章 豪雨はなぜ発生するのか
大気の河/積乱雲の中で何が起こっているのか/雨を観測する装置、レーダ/積乱雲のもたらす雨/もっと速く、もっと早くのために/集中豪雨/線状降水帯/地形性の線状降水帯
第6章 台風
台風の統計的特徴/台風の構造とメカニズム/台風がもたらす災害/なぜ台風の眼を目指すのか/はじめて日本の航空機が台風を観測/次の課題――伊勢湾台風と狩野川台風/さらに困難な問題の解明に向けて――二重眼/連続する台風の災害/台風に伴う竜巻/台風の温帯低気圧化/台風を人工制御することは可能か
第7章 激甚気象は予測できるか
バック・トゥ・ザ・フューチャー/リチャードソンの夢/微分と積分/決定論的世界観/行く河の流れは絶えずして/なぜこの方程式は解けないのか/コンピュータは解けるか/リチャードソンの計算はなぜうまくいかなかったのか/気象のシミュレーション/予報できる豪雨と予報できない豪雨/台風の数値シミュレーション/竜巻の数値シミュレーション/アンサンブル予報
第8章 地球温暖化と気象災害
グレタ・トゥンベリさんの衝撃/指数関数的増大/地球の気温はどのように決まるのか/地球温暖化とは何か/温暖化により起こること/比べられないものを比べる/スーパー台風は日本に上陸するか
第9章 激甚気象から命を守るために
沖縄から学ぶべきこと/いかに避難するか/防災の考え方の大転換/ハザードマップ――不完全だが不可欠/大規模広域避難/タイムライン/忘れない
あとがき
参考文献・資料

目次に目を通していただくだけでお分かりになると思いますが本書はこうした疑問に詳細な説明してくれるとともに、これまで全く想像もしていなかった気象現象の複雑な仕組みを教えてくれました。ほんととっても複雑でびっくりするぐらい難しい。

空気隗、温位、潜熱、断熱加熱、日本海寒帯気団収束帯みたいな漢字変換ができないような単語が次々でてきて頭に入り切れない情報量でありました。どれかひとつでも簡単に要約してみようかと思ってはみたものの、ちょっと僕の手に及ぶ範囲ではないようです。無理に端折るとおそらく間違った内容の文章になってしまいそうなので断念しました。

本書はこうした気象現象のメカニズムに加えて、著者は日本人としては初のジェット機でスーパー台風の目に貫入して観測した方で、その際の様子が紹介されていました。前半部分と全く異なるスリリングで迫力のある内容でとても面白く読ませていただきました。

巨大台風の内部構造を調査するためには台風の目に入り込んで観測が必要で、地球温暖化の進展に伴いどのように台風が変化していくのかを記録することが後世の研究者にとっても重要なデータとなるのだということを力説しておられました。

1997年12月に京都にある国立京都国際会館で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議 (COP3)で京都議定書をまとめた日本は、地球温暖化などの気候変動問題で世界を牽引していた。かつて日本は再生可能エネルギーの開発やハイブリッド車などの例があるように、気候問題の先進国であった。それが2019年のCOP25では、この上ない不名誉な「化石賞」を会期中に2度も受賞するという恥ずべき事態に陥り、日本は地球温暖化問題において、後進国に成り下がってしまった。

これは驚くべきことだが、なんと日本は石炭火力発電を推進している。しかも国内だけでなく海外においてもである。これが化石賞の主な理由である。石炭を燃やせばそれだけ二酸化炭素が発生し、地球温暖化の抑制に逆行する。日本は石炭火力発電において、世界最高効率であると胸を張る。しかしそれだけ二酸化炭素を排出しているということだ。これらはコインの表と裏なのである。世界は、特に若者の世代はこれを決して容認しないだろう。それはグレタさんのスピーチに、強烈に表されている。


そして何より、著者はグレタ・トゥーンベリが2019年に行ったスピーチの強い危機感に共鳴しており、後の世代に犠牲を強いる今の世界を当然ながら深く憂慮していました。

国民の過半数以上が反対しているのに安部の国葬やらないなんてバカだと述べた二階。電力の需給がひっ迫を理由に原発7基の再稼働を追加で目指すという岸政権、自民党は統一教会とずぶずぶの関係にあったことが次々と明らかになっております。

正に今自分たちの利権のみを最優先させている悪い大人たちとグレタが糾弾していた連中そのものが自民党であることにもっと多くの人が気づいて目を覚ましてくれることを祈っております。

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緯度を測った男たち:18世紀
世界初の国際科学遠征隊の記録(Latitude:
The astonishing adventure that shaped the world)

ニコラス・クレーン(Nicholas Crane)

2022/08/14:本書は1735年にフランス科学アカデミーが結成して送り出した子午線弧を計測するための遠征隊のノンフィクションです。当時の科学界は地球の形状について完全な球体なのか、楕円なのか、楕円だとした場合極方向が長い偏長楕円体なのか、赤道が極方面よりも長い扁平楕円体なのか。デカルトは偏長楕円体を唱えており、新進気鋭のニュートンは扁平楕円体であると主張し意見が割れていた。

これは単なる科学的議論では済まされない問題であった。正確な地図と距離を把握することは戦略上においても貿易上においても非常に重要なポイントとなっていたのだった。そこでフランス科学アカデミーは赤道から緯度で3度分の子午線弧の距離を測定することで正確な地球の形を掴む計画を立てた。

江戸時代にあたる時期に、天頂、カシオペア座との位置関係を計測し正確な緯度と標高を掴み、三角測量によって座標間の距離を算出しているとは。僕には全く歯が立ちません。しかもそれを赤道直下から未知の土地を緯度3度分約320Kmにわたって繰り返していくという途轍もない試みでありました。

隊を率いることとなったのはピエール・ブーゲ(Pierre Bouguer)しかし彼は決定的にリーダーの資質が欠けていた。そして主要メンバーであったシャルル=マリー・ド・ラ・コンダミーヌ(Charles Marie de La Condamine)とルイ・ゴダン(Louis Godin)もまたチームで活動するには不向きな性格を持ち合わせている人物であった。

そのためチームは目的地に着く前からパラパラな行動をとりはじめ分裂と合流を繰り返していく。当初の目的から逸脱し経度方向の距離を測るべきではないのか、座標としてどこを選ぶべきか、様々な意思決定において意見は悉く対立し、結論を出せないまま迷走する。そんなことを続けているうちに資金が底をつき、資金調達のためにまた無為な日々が浪費されていく。

それに加えて火山の噴火、大地震、悪天候、機器の故障や盗難、果てには殺人事件などによって計画は妨げられ、無謀な旅程により現地調達した荷物運搬人やガイドは夜逃げして消えていく。測量の旅はその度に足踏みしを繰り返し遠征期間は当初の目論見を大幅に超過していく。

極寒・暴風の山頂に何日も缶詰になる、機器の修理や天候の回復を待つために何週間も待機する、いくつもの標高3千メートルを超える山へ登り、ぬかるんだ泥道を何日も歩き、数えきれないほどの川を渡っていく。それでもあきらめずに測量をどうにかこうにか続けていく彼らの執念というか根性は本当にすごいものがありました。

転んでも只では起きないとはこの事か。彼らは隙間時間を使って現地の地図を描き、後にマラリアの特効薬になキニーネがとれるキナノキやゴムの樹脂を発見してヨーロッパに伝えたりもしている。

この遠征隊の件はウィキペディアにも記事があるほどの影響力の大きないわば偉業であった訳だが、その実態は悪夢のような迷走につぐ迷走であったというお話で、面白いししっかり描かれてはいるのだけどさすがにうんざりしてくるところがありましたよ。

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リトル・ドラマー・ガール(The Little Drummer Girl)
ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2022/08/10:西ドイツ、ベルギー、スウェーデンで断続的に爆弾が仕掛けられ死傷者がでる事件が発生。そのうちの一つは西ドイツの外交官居住地のひとつで起こった。標的となったのはイスラエル大使館の労働アタッシェの家。爆発が起こった時、アタッシェはすでに職場に向かった後で、妻が重傷を負い、彼らの子供一人を含む、5名が死亡、重症者は4名であった。

当日アタッシェが出かけようとしていると、この家にホームスティしているスウェーデン人の女子学生エルケを訪ねて友人の女性がやってきていた。エルケは前日旅行にでたばかりであった。友人はエルケの母親から預かってきた荷物をもってやってきており、アタッシェは疑いもせず渡された鞄をエルケの部屋に運び込んだ。しかし友人というのは真っ赤な嘘で、この鞄に爆弾が仕込まれていたのだった。

イスラエル諜報特務庁、モサドの調査チームが事件の捜査のためドイツ入りしてくる。西ドイツとしては最大限の協力を示すのだが、事件は周到に練られたものであり実行犯の足取りはつかむのが難しかった。

しかし、事件現場の残留物からみつかった時限爆弾の部品のなかに余った電気コードの巻かれている状態からモサドのチームは実行犯の目星をつけた。ヨーロッパでイスラエルの政府や金融機関の人間に執拗な爆弾攻撃している男の仕業だった。

更に西ドイツ政府には秘匿した情報活動の結果、爆弾事件の実行犯にはこの男の弟とその女友達が含まれていること、そしてこの弟の所在をつかんだ。何人もの人命を奪った殺人犯の抹殺を逸るメンバーをなだめ、チームの指揮官はある計画の実行を宣言する。

まず手始めにこの弟を誰にも気づかれることなく誘拐すること。そしてもう一つはヨーロッパに巡業にでているイギリス人の舞台女優チャーリーをリクルートすること。

モサドの男は密命を帯び用意周到かつ自然体でチャーリーとともに旅する一座に接近、チャーリーの関心を得ていくのだった。

今なお続いているイスラエルとパレスチナの対立紛争はながく熾烈で容赦のないものだ。確かにパレスチナ側の抵抗は時と場所、そして手段を選ばないものであったかもしれない。しかし、イスラエル側のそれは徹底的、圧倒的で、その主張も求められる権利もそのために実行される暴力もあまりにも非対称的であるように感じる。この物語の主人公であるチャーリーも、今の自分と似たような考え方、感じ方をしているように思える。

果たしてそんな人物がイスラエル、モサドに協力して身分を偽り単身パレスチナの過激派集団へ潜入していく使命を受け入れることになるのだろうか。物語の行く末ももちろんだが、前半を占めるチャーリーに対するリクルート活動の部分は最大の読みどころでありました。

しかし、正直に言おう。チャーリーが納得して行動に出る意思決定する思考や感情を僕は理解できていないと思う。


繰り返しになるがイスラエルとパレスチナの対立も非対称に行われてる暴力についても認識し、平和を求める気持ちがありパレスチナ側に同情もしているのに、過激な暴力を止めるにはどちら側であるかは問題ではないと考えたのだろうか。

チャーリーの生い立ちとして偽りの衣をまとうことがむしろ自然体であり、新たな偽りの人生を纏って潜入していくという使命がまたとない機会に映ったということなのだろうか。 偽りであることを認めてしまうとパレスチナに対する同情の念や非暴力を訴えているのは口先だけで、本当はそう思ってはいなかったということになる。

そもそもパレスチナ問題という問題を引き起こしたのはパレスチナのイギリス統治を終わらせるにあたりアラブ人とユダヤ人の国に分割することを国連が決議したことに端を発している。ヨーロッパにおける反ユダヤ思想は非常に根深く長い歴史持つもので、イスラエル建国はヨーロッパからユダヤ人を中東方面に排斥する都合のよい解決策であったという考え方もあるようだ。

自分たちに都合の良い選択をした結果、中東でユダヤ人とパレスチナ人たちが対立していったという構図はイギリスの人々にとっては素直に認められるものではないように思える。

表面的には非暴力、平和を唱えながらも結局のところイスラエルの暴挙の後押しをしてしまうヨーロッパ。イギリス人としてパレスチナ問題を語る立ち位置として非常に痛いところを突いたものになっているということなんだろうか。1983年に出版されほぼリアルタイムの時間軸を舞台にしたこの物語を当時のイギリス人やヨーロッパの人々はどのように読んだのだろうか。ル・カレはこうした欺瞞・偽善を抉り出しているように思える。こんな話を書いてくるル・カレはやはりただ者ではない。じわじわひしひしと迫ってくる臨場感と緊張感が半端ない。

本書は出版されてすぐに読んだのだけど、二十歳前の世間知らずの若造であった自分がどこまで理解していたのか。今回もどこまで理解できているのか全く自信がない。アメリカでは出版当時ベストセラー1位になったのだそうだ。後に映画化もされた。監督は大好きなジョージ・ロイ・ヒルだったのに見逃したままだ。最終的にイスラエル建国を強力に後押ししたアメリカ。アメリカ人たちはこの本をどう読んで、どう理解していたのだろう。主人公チャーリーの思いを巡ってぐるぐるとみつからない答えを探している自分がおります。

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黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続
宮部みゆき

2022/08/08:家族でコロナに感染し、10日間の自宅待機、その後もしつこい咳が抜けず在宅勤務を続けた結果半月近く自宅に籠ってほとんど外出もできない状態が続きました。7月末近くに漸く出社しましたが驚くほど体力が落ちてしまっていて通勤と一日机に座っているのがしんどいこと。復帰早々に夏休み入りしたこともあり、積極的に自転車を踏みお散歩して体力回復に努めております。発症中から回復期にかけてコナリーと宮部みゆきの本を立て続けに読んで気を紛らわせておりました。コナリーの本を早々に読了してしまい、読むものがなくなっちゃったと云うとカミさんが徐に手渡してくれたのでした。本書は漸く熱が下がったものの、激しい咳の発作に夜中に何度も起こされ眠れない睡眠不足の記憶とともに長く心に残る一冊になると思います。

三島屋変調百物語の第六作。今回も分厚い一冊だなしかし。第五作で大きな展開を遂げたことによってちょっとというかかなり趣が変わりましたかね。 これまで三島屋に語りに来た人たちのお話をきくのはこのおちかの役割でありましたが、おちかがめでたく嫁入りしたことから、この役目をこの家の次男坊である富次郎が引き受けることになったというのが前回の展開でありました。

富次郎は仕事を学ぶためにと修行に出た先の喧嘩騒ぎに巻き込まれて大けがをし、実家に戻ってきたものの体調が戻らず仕事らしい仕事もできずに言葉は悪いが暇を持て余しているのだった。

おちかが嫁いでしまい話の聞き手がいなくなるのであれば自分がその役目を受けて立とうということなのだが、おちかとは素地が違うし、またなんとなく気持ちの入り方も違うし、そもそもの心構えが大丈夫なのかと読み手としての僕としても不安を感じる。案の定、語り手の差配している口入れ屋の灯庵老人も富次郎に面と向かって嫌味を言ったりしていました。そりゃそうなんだけど、読み手の不安を強化する方向で話を振ってくるというのは書き手のやり方として果たして正しいのかどうなのか。灯庵老人ばかりではなく、今回は登場人物の会話がどことなくギクシャクしている印象もありました。

そしてどれも短編というにはちと長大。

第一話「泣きぼくろ」
灯庵老人が最初の客として送り込んできたのは富次郎の幼馴染だった豆腐屋の息子。幼かったので事情は分からなかったがある日廃業してしまい音信が途絶えてしまっていた。そしてそんな彼が語るのは豆腐屋が廃業に追い込まれ一家離散となっていった経緯についてでありました。い運命

第二話「姑の墓」
江戸で絹物商の家に嫁いだという初老の女性は故郷の村での生い立ちを他人に語ったことがなかったという。お蚕を育てる山里の小さな村には花が咲き乱れる絶景の丘があったが彼女の生家のものだけはこの丘に登ることを禁じられていたのだという。

第三話「同行二人」
小柄ながら強靭な体つきをしている年配の男は今でこそ現役を退いたがかつては東海道をまたにかけて走っていた飛脚が生業であった。やんちゃで負けず嫌いな性格から何をやっても上手くいかなかった自分を拾ってくれた飛脚家業が性に合ったことから生活が成り立ち、結婚し子宝にも恵まれたが、あるとき流行り病によって一度に妻も子供ももっていかれてしまった。生きる目的を失いながらも走り続ける男の前に現れたのは・・・。

第四話「黒武御神火御殿」
質屋の二葉屋は年に一度古布や帯などの端切れをまとめて三島屋にやってきていた。袋物を繕う三島屋で使えそうなものを買い取っていたのだった。 主にかわって対応に出た富次郎に手渡されたもののなかに一枚の袢纏があった。実はこれだけは質流れ品ではないのだという。 二葉屋でながく働く女中の一人がぜひこの袢纏を三島屋にみてほしいといっているというのである。果たしてその袢纏の背中の部分は二重になっており、そこには漆でひらがなの文字がびっしりと染められた布が納められていた。

全体的に長い。特に第四話が長い。そもそもが新聞の連載もののようですが日々の締め切りに追わながら書き進めるのは途轍もなく大変な作業なんだろうと思う。宮部みゆきはブロットを作らず天から降ってくる物語を文字にするような書き方だときく。降ってきたアイディアが大きすぎて若干持て余し気味になってしまったのかもしれません。ちょっと残念な仕上がりでした。

それにしてもこのペースで九十九話完結を目指しているというのはほんとに信じられない豪胆な神経だなーと思う。

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潔白の法則(The Law Of Innocence)
マイクル・コナリー(Michael Conneliy)

2022/07/23:かつてない感染者数の増加は第七波になるのだそうだ。今回は我が家の家族も無事では済まされませんでした。息子夫婦が罹患し、ようやく回復したかと思ったところで娘が発熱、二日後には僕もカミさんも熱が上がってきた。PCR検査の結果はやはり陽性。僕は40度近い熱を出して数日間朦朧とした日々を過ごしました。

発症から11日目の今日、いまだしつこい咳と痰に苦しんでいますが、熱は引きどんより疲れた身体を休ませる以外に特にすることもない週末を過ごしております。

病床に臥せっている間に、コナリーの新作が届き、「チェイシング・リリー」に続けて最新作に浸れたのは何よりの慰めでありました。 「潔白の法則」マイクル・コナリー第35作。2020年の作品であります。主人公は刑事弁護士のミッキー・ハラ―。ハラ―は担当している事件を無事切り抜けたことでシビックセンターのすぐそばにある、レストラン「レッドウッド」で祝勝会を開いていた。

早めに切り上げて一人店を出て車で自宅へ戻ろうとするが気づくと背後にパトカーがいる。セカンドストリートトンネルを抜け、サウス・フィグエロア・ストリートへ右折したところで停止を求められる。アルコールは一滴も飲んでいないし交通違反もしたつもりはない。

しかし、ハリーのリンカーンの後部のナンバーは外されていた。そしてトランクの底からは何か血液のような液体がだらだらと道路に漏れ出していた。安全確保のためとしてその場で後ろ手に手錠をされるハラ―。開いたトランクには射殺死体がのせられていたのだった。

自身が刑事弁護士であることの趣旨返しなのか法外な保釈金を設定されたハラ―はやむなくツインタワーズの矯正施設の要注意被収容者モジュールに収監される。ハラ―はこの状態で自分自身の事件の刑事弁護人を務めることにするのだった。

その後の調べでハラ―の自宅ガレージの床には弾痕があり、犯人はハラ―の自宅のガレージに止めたリンカーンの後部トランクに被害者を押し込み、その場で射殺したものと思われた。

検察はこの犯行を行ったのはハラ―本人であり、彼はその後、車のトランクに被害者の死体を収めたままこのリンカーンを自分で運転し裁判所で裁判を行い、祝勝会にも参加していたと主張しているのだった。

それはハラ―にとっても、彼と一緒に働いているチームの面々もそして僕ら読者にとっても不自然で不合理極まりない行動である訳だが、頑迷な検察はハラーが殺人犯である前提を揺るがせることなく、申立審理、予備審問そして陪審員選と裁判にむけた準備が進められていく。

ハラ―と検察、そして裁判官の三者の間では丁々発止の緊迫したやりとりが進んでいくのだが、どこからどこ考えてもハラ―が犯人であるなんて訳がないのに、決定打がない。負けてはいないものの、勝ててもいない、いや下手したら有罪になってしまうのではないかという危うさがひしひしと浮上してくるのである。

またハラ―としては陪審員裁判の評定で無罪を勝ち取れたとしてもそれは本当の勝ちにはならない。犯行を行った真犯人をあぶり出して裁判に引きずり出してこれを証明しないかぎりハラ―の未来はないのだった。

調査にはあらたにハリー・ボッシュもメンバーに加わり、過去のハラ―の裁判などから恨みを持っていると思われる人物の洗い出しから、今回、被害者となったサム・スケールズ、彼もまた過去、ハラ―の依頼人であった人物の身辺調査を猛烈な勢いで進めていく。

検察側は証拠隠滅や電話の盗聴などあの手この手でハラ―の調査の足を引っ張ってくる。また更に別の組織がまた別の意図をもって捜査を妨害してくる。そしてそこにコロナの感染拡大の気配が不気味に忍び寄ってくる。 ハラ―はこれでもかというぐらいにどんどん追い込まれていく。まさかと思うのだが気が付くとビルの壁にへばりついて、壁のでっぱりにつま先立ちして進むような状態へと追い詰められていくのだった。 この焦燥感、閉塞感たるや悶絶して読みました。傑作であります。間違いない。

ところでGooglemapで確認したところシビックセンターのすぐそばのセカンドストリートにはちゃんと「レッドウッド」というお店があり、ハラ―が逮捕されるまでの道程も実在のものになっていました。パトロール警官がどこでナンバープレートがないことに気が付いたのか、どこから追跡を開始したのか、そんなことを読み返しながら地図を眺めるのも楽しい時間でありました。

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チェイシング・リリー(Chasing The Dime)
マイクル・コナリー(Michael Conneliy)

2022/07/23:2002年に出版されたコナリーの長編小説12作品目は、単独・単発のストーリーとなっています。とはいえボッシュ―・サーガ―と同様、時系列はリアルタイムで舞台もロスアンジェルス、地続きな世界観のなかにあった。

ヘンリー・ピアスは34歳になるアメデオ社の代表兼研究者だ。彼は自身の企業が研究するナノテク最新技術の開発を牽引しており、分子メモリー・論理ゲート、分子回路の創案設計を行う第一人者であった。

そして今、アメデオ社は「プロテウス」という極秘のプロジェクトを推進しており、それは実現の目途を迎えられれば、世の中を大きく変えることとなる革新的なものになるとメンバーは確信していた。問題は開発研究にはまだ時間を要するということとそれには多額の資金が必要となることだった。

資金提供者をがっちり掴んで一日も早く研究成果をあげないと他社に抜きん出られてしまうばかりか会社が干上がってしまうのだ。しかしピアスはそれほど焦ってはいなかった。自分たちの研究内容がいかに革新的なものかについて絶対の自信を持っていたのである。

折しもピアスは会社の広報担当を司ってきていた役員コニールとの関係が破綻し、二人で住んでいた家を彼女に譲渡し、着の身着のまま、新しいマンションへ引っ越ししてきたところだった。

新しい家には家具もまだなくあるのは床にぽつんと置かれた電話のみだった。

まだ関係者に周知されていないはずの新しい部屋の新しい電話番号だったのだが、部屋に入るなり電話が鳴り始めた。
「リリーはどこだよ?」
その後このリリーという女性あての電話がひっきりなしにかかってくるようになった。リリーはどうやら商売女性で、どこかのサイトに自分の宣伝とともに電話番号を掲載しているようだった。男たちはこのサイトを経由してリリーにコンタクトをとってきているのだった。

この電話のかかってくる頻度からみてかなりのやり手だったらしいリリーはなぜか電話番号を解約し、その番号が新たにピアスに割り振られたようなのだ。

間違い電話をかけてきた男たちから閲覧していたというサイト名を得てリリーの広告サイトにアクセスしてみると果たしてリリーは20代でかなりの美人であった。同サイトで紹介されている女性たちのなかでも抜きん出ていた。なるほど電話が鳴りやまないわけだ。

それにしても得意客が群がる番号をサイトに残したままどうしてリリーはお店を畳んでしまったのだろうか。リリーとはどんな女性なのか。単に電話番号をまた新たに割り振り直してもらえば済む話なのだが、ピアスはこのリリーのことが非常に気になりだす。 彼女の身に何か起こったのではないのか。

ピアスは徐々にリリーのことが頭から離れなくなり仕事が手につかなくなっていってしまう。それというのもピアスの子供時代に自身の姉に起こった何か深刻な出来事を呼び覚ますものがあったからまのだった。

アメデオ社の情報セキュリティを任せている大学時代からの悪友のコーディ・ゼラーはフリーランスのホワイトハッカーでもあった。ピアスはゼラーにリリーの広告が掲載されているウェブサイトを運営している組織の情報を徹底的に洗い出すように依頼する。 同時にピアス自身は自分の足を使って運営会社の事務所やリリーの仕事場所であったところを探し出しては訪ね歩いて状況を確認していくのだった。

そしてわかってきたこととしてリリーは数週間前に何の前触れもなく姿を消しているということだった。

ピアスは投資候補者へのプレゼンテーションの日程が迫る中ますますリリーの調査にのめりこんでいく。しかしそれはずぶの素人が本来踏み込んではならない領域であった。闇の社会が牙を剝いていることに気づいたときは最早手遅れだった。

まるでピースがはまるかのように解けていく謎とそしてまたボッシュサーガのストーリーにおいてもぴたりとはまる形で作品を編み上げているコナリーの手練手管に拍手喝采でありました。

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身銭を切れ
「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質 (Skin in the Game:
Hidden Asymmetries in Daily Life)

ナシーム・ニコラス・タレブ (Nassim Nicholas Taleb)

2022/07/17:検査結果はまだこれからですが、僕はどうやらコロナに感染した模様です。発症から五日目、巷では三連休となっていますが。ようやく熱は収まりこみ上げる咳を我慢しながら記事を書いています。

タレブの最新作「身銭を切れ」です。「ブラック・スワン」、「強さと脆さ」そして「半脆弱性」に続くものであり、全体で語られている深い部分をきちんと理解するのはおそらく素人にはちと難しいものではないかと思います。 それぞれ一冊でも十分難しいんだけど。

本書のタイトルである「身銭を切れ」は、ものごとの損害の一部をきちんと背負っている人たちとそうでない人たちをきちんと見分けろということだ。そして何よりまずは自分自身そうあれと。

中央官庁や東京電力のように問題が生じても自分たちの腹が痛まないものが、同じく政策立案や運営に関与するコンサルタントのような連中と手を組んで進めるものがどうしてうまくいかなくなるのか。

現実には、「リスクをとらずにリターンをとる(リスクは別の人間に押し付けている)自称“知識人"」が跋扈しているため、非対称性が生まれている。この非対称性が、やがて格差やフェイクニュース、テロなどといった昨今世界を悩ませている問題を生み、最後にはシステムの崩壊へとつながっていくのだというのである。

きちんと地に足が付いた「身銭を切っている」ものたちが意思決定していくことの大切さ、それは経済政策のみならず世の中のありとあらゆるものに適応できる考え方だと述べている。と思う。

目次
第1部 「身銭を切る」とは何か
身銭を切ることの意外な側面
プロローグ
その1 アンタイオス、殺られる
アンタイオスなきリビア
他人の命で遊ぶ ──  Ludis De Alieno Corio
人民の庇護者でなければ、貴族たりえない
ロバート・ルービン取引 ──  隠れた非対称性とそのリスク
システムは排除によって学ぶ
その2 対称性の簡単なおさらい
I.ハンムラビからカントへ
  なぜかパリにあるハンムラビ法典
  白銀は黄金に勝る
  普遍主義なんて忘れちゃえ
II.カントからデブのトニーへ
  ペテン師か、バカ者か、その両方か
  因果関係の不透明性と顕示選好
  身銭を切る必要のある人ない人
III.近代主義
  専門化の痛すぎる弊害
  シンプルがいちばん
  身銭を切らないと私は愚鈍になる
  規制か法制度か
IV.魂を捧げる
  職人
  起業家という言葉に要注意
  傲慢も方便
  楽しみとしての市民権
  英雄に本の虫はいない
  魂を捧げる人々と適度な保護主義
  身を切った裁判官
その3 『インケルトー』の肋骨

研ぎ澄まされた探知器
書評家
本書の構成
第1部の付録 人生や物事における非対称性
第2部 エージェンシー問題入門編
第1章 自分で捕まえた亀は自分で食べよ ──  不確実性に関する平等
お客は毎日生まれている
ロードス島の穀物の値段
不確実性に関する平等
ラブ・サフラとスイス人
会員と非会員 ──  個から一般へのスケール変換の難しさ
私でもあなたでもなく、私たちのもの ──  Non Mihi Non Tibi, Sed Nobis
  あなたは右でも左でもなく“斜め”寄り?
(文字どおり)同じ船の仲間
自分の持ち株を勧める
診察室に寄り道
次のテーマ
第3部 例のこの上ない非対称性
第2章 もっとも不寛容な者が勝つ ──  頑固な少数派の支配
あらゆる非対称性の生みの親「少数決原理」
ピーナッツ・アレルギー持ちの犯罪者 ──  ラベリング
オーガニック食品と遺伝子組み換え食品を普及させるための共通の戦略
くりこみ群
“拒否権”効果
共通語
遺伝子と言語の違い
宗教の一方通行性と、ふたつの非対称的な規則
再び、分権化の話
道徳は少数派によって作られる
少数決原理の安定性に関する確率的議論
ポパーとゲーデルのパラドックス
市場と科学は聞く耳を持たない
1頭のみ、されど獅子 ──  Unus Sed Leo
まとめと次のテーマ
第3部の付録 集団にまつわるいくつかの意外な事実
知能ゼロの市場
第4部 犬に紛れたオオカミ
第3章 合法的に他人を支配するには
フリーランス修道士が教えてくれること
パイロットを飼い慣らすには
企業マンから企業人へ
コースの企業理論
複雑な現代世界
奴隷所有の面白い形
自由はタダじゃない
犬に紛れたオオカミ
損失回避の心理
コンスタンティノポリスの復活を待ちわびて
官僚王国を揺るがすな
次のテーマ
第4章 人に身銭を切らせる
住宅ローンと2匹のネコ
隠れた弱みを見つける
自爆テロ犯に身銭を切らせるには
次のテーマ
第5部 生きるとはある種のリスクを冒すこと
第5章 シミュレーション装置のなかの人生
イエスはリスク・テイカー
パスカルの賭け
マトリックスの世界
あのドナルド・トランプが勝ったのは欠点のおかげ
次のテーマ
第6章 知的バカ
ココナッツはどこにある?
科学と科学主義
知的俗物
言語を話す前に文法を学ぶ
結論
追記
第7章 身銭を切ることと格差の関係
2種類の格差
静的な格差と動的な格差
ピケティとマンダリン階級の反乱
靴屋は靴屋を妬む
格差、富、縦の交流
共感と同類性
データ、ああ似非データ
公務員の倫理
次のテーマ
第8章 リンディという名の専門家
反脆弱性とリンディ効果
“真”の専門家は誰?
リンディのリンディ
審判は必要なのか?
女王との紅茶
学術機関の罠
自己の利益に反して
もういちど、魂を捧げる
科学は耐リンディである
経験的か理論的か?
おばあちゃんと研究者の対決
おばあちゃんの知恵のおさらい
第6部 エージェンシー問題実践編
第9章 外科医は外科医っぽくないほうがいい
人は見た目が大事
グリーン材の誤謬
最高に着飾ったビジネス・プラン
仮装する主教
ゴルディアスの結び目
人生の過剰な知性化
干渉のもうひとつの側面
金と稲
報酬制度が生み出す歪み
贅沢品としての教育
いんちき探知ヒューリスティック
本物のジムはジムっぽくない
次のテーマ
第10章 毒を盛られるのはいつだって金持ち ──  他者の選好について
金持ちの選好は操られている
毒は金杯で飲まれる
巨大な葬儀場
会話の成立条件
進歩の非線形性
次のテーマ
第11章 不言実行
断りづらい提案
暗殺教団
マーケティングとしての暗殺
民主主義としての暗殺
カメラは身銭を切らせる道具
第12章 事実は正しいが、ニュースはフェイク
自分自身に反論する方法
情報は支配に抗う
反論の倫理学
次のテーマ
第13章 善の商品化
「善」の不正利用者ソンタグ
公と私
善の“売人”
そうなのか、そう見えるのか
聖職売買
善とは他者や集団に対して行うもの
不人気な善
リスクを負え
第14章 血もインクもない平和
平和はトップダウンでは生まれない
火星対土星
ライオンはどこへ消えた?
救急治療室から見た歴史
次のテーマ
第7部 宗教、信仰、そして身銭を切る
第15章 宗教を語るヤツは宗教をわかっていない
宗教の意味は人と時代によって異なりまくる
信念対信念
リバタリアニズムと教会なき宗教
次のテーマ
第16章 身銭を切らずして信仰なし
神々は安上がりなシグナリングがお嫌い

第17章 ローマ教皇は無神論者か?
ローマ教皇と無神論者の見分けはつくか
言葉では信心深い人たち
次のテーマ
第8部 リスクと合理性
第18章 合理性について合理的に考える
目の錯覚
エルゴード性が第一
サイモンからギーゲレンツァーへ
顕示選好
宗教は何のためにある?
“おしゃべり”と安っぽい“おしゃべり”
リンディの言い分は?
お飾りはお飾りとはかぎらない
第19章 リスク・テイクのロジック
エルゴード性
繰り返しリスクに身をさらすことが余命を縮める
“あなた”って誰のこと?
勇気と思慮深さは対極ではない
もういちど、合理性の話をしよう
ある程度のリスクを愛そう
浅はかな経験主義
まとめ
エピローグ リンディが教えてくれたこと
謝辞
参考文献
注解
専門的な付録
用語集
索引

ではこれらの作品群全体を通じてどんなことが述べられているのかという点で少し整理してみます。素人の僕がまとめているので間違っているかもしれませんが。

まずは「ブラック・スワン」数理モデルなどにおけるベル型カーブをつかって現実に対応しようとするといつか破綻が生じる。釣鐘型の裾野の部分、ほとんど発生する確率がないものを無視する、あるいは気づかないでいると、いつか突如としてブラック・スワンが舞い降りてきて「果ての国」の複雑なペイオフを支払わなければならなくなる。

東京電力福島第一原子力発電所が東日本大震災で起こした被害はまさにこれだ。政府も東電関係者も口をそろえて「想定外だった」と繰り返したが、まさに起こるはずがないと思っていたことが起きた場合に起こる、損失や利益もきちんと考慮すべきだという訳だ。

僕らはどうしてテール部分やテール部分に潜んだリスクを見落としたり無視したりしてしまうのだろうか。 ここはアンサンブル確率と時間確率の混同があると言っている気がする。

100人がカジノに行き、一定の軍資金と無料のジントニックを手に、決められた時間だけギャンブルを行う。負ける者もいれば勝つ者もいるだろう。1日が終わり、帰ってきた100人の財布の中味を数えれば、そのカ ジノの控除率”つまりリターンを計算できる。こうすれば、そのカジノが適正なオッズをつけているかどうかがわかる。ここで、2番目のギャンブラーが破産したとしよう。2番目のギャンブラー に影響は及ぶだろうか? 否。 この標本から、ギャンブラーの破産率はおおよそ1パーセントだと見積もることができる。同じことを続ければ、同じ時間で平均1パーセントのギャンブラーが破産するものと考えられる。次に、この思考実験のふたつ目の事例を見てみよう。あなたのいとこのテオドルス・イブン・ワル カが、一定額の軍資金を持って、100日間連続でカジノに通うとしよう。2日目、あなたのいとこのテオドルス・イブン・ワルカは破産してしまう。3日目は来るだろうか? 否。ケツを割る水準に達してしまった。ゲーム終了だ。


これはエルゴール性があるかどうかという点にかかわっているようだ。

観測された過去の確率を未来の過程へとそのまま適用できない場合、その状況は エルゴード的でないとみなされる。つまり、身銭を切っている人がいったん入ると抜け出せなくなるような吸収壁(〝停止状態)がどこかに存在する。そして、システムは必ずやその状態へと向かう。この状態のことを、本書では「破滅」と呼ぶことにしよう。いったん破滅の状態に陥ると、取り戻しがきかないからだ。最大の問題は、破滅の可能性があるところでは、費用便益分析がいっさい不可能になるという点だ。


市場の長期的なリターンに基づいて投資の提案をする金融分野の教授や第一人者、地方銀行が書いた資料を読むときは、よくよく注意しないといけない。百万歩譲って、彼らの予測が正しいとしても (実際には正しくないのだが)、資金が無限にあり、永遠にケツを割らない人でもなければ、市場全体と同水準のリターンを得ることはできないのだ。これがアンサンブル確率と時間確率の混同だ。損失が大きくなりすぎたから、引退したから、離婚してお隣さんの妻と再婚したから、虫垂炎で入院したあと急にヘロイン中毒になったから、人生観が変わったからという理由で、いずれエクスポージャー を減らすはめになれば、その投資家のリターンは市場全体のリターンと乖離していくだろう。単純な話だ


つまりアンサンブル確率を時間確率と混同し、それを用いてテール部分を切り捨てるとフクイチのような問題が起こると言っていると思う。多分。

では我々はどうしたらよいのか。
タレブはこれに対してバーベル戦略を用いるのだとしています。

極端な安全策と極端なリスク・テイクのふたつを組み合わせる二重戦略。″一峰性″の戦略よりも頑健とみなせる。多くの場合は、反脆さの必須条件である。たとえば生態系の場合、会計士と結婚し、ロック・スターとたまに浮気すること。作家の場合、安定した閑職につき、暇な時間に市場の圧力を受ける事なく執筆すること。試行錯誤も一種のバーベル戦略だ。


個人的にはとてもすっきりした。なるほどと感じました。そしてタレブの教えに従い生きていくことが大事だと本当に感じているところです。
今はこれで精一杯です。


「身銭を切れ」のレビューはこちら>>
「反脆弱性 」のレビューはこちら>>
「強さと脆さ」のレビューはこちら>>
「ブラック・スワン」のレビューはこちら>>


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