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NOでは足りない――トランプ・ショックに対処する方法
(No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need)

ナオミ・クライン(Naomi Klein)

2018/09/24:安倍の続投が決まり無力感漂う三連休であります。まさかと思っていたトランプが大統領に当選したときには驚きを超えていたと思う。真剣に応援している側にもその正反対の人のなかにも予想していたという人も大勢したが、それは止められなかったことに変わりはないとも思った。

そして今つくづく思うのはトランプにせよ、安倍にせよ、政権、政党にしても、言っていることが解り難いばかりか、その背後にある目的や意図というものが表面的なコメントとはかけ離れていると感じることがなんとも多いことだ。

自民党総裁選に向けて情報を発信していた二人もつまりは自民党な訳で、どっちがなっても同じだろうと考えることもできるが、石破が9条2項を削除すべきと発言していることはどういう意味なのだろうかと考える。結局安倍が勝ちそうなこの時期に石破は敢えて極論を吐いているのではないかと感じるのだ。

石破の主張する9条2項の削除は回避するけれども憲法改正はやむなしという譲歩の一歩を引き出すために敢えて対立してみせているように見えてならないのだ。

トランプは事あるごとに国民の分断を煽るような言動を繰り返している訳だが、議会制民主主義の盲点を攻撃しているように見える。意見が分断し細分化されていくことで利害関係を複雑化させ意見がまとまることを阻止しているのだ。選挙や権力を行使する際に大多数の意見や票を獲得する必要はなくて、要は相手よりも多ければ良いわけで、選択肢がたくさんあった方が意見は割れ勝ち目が増えるということなのだろうと思う。

自民党というか職業政治家たちが積み重ねてきたものに日本の選挙制度があるわけで民主的に決まったという体裁をとりつつ議員や政治家で居続けることができるようなシステムになっているからこそ、麻生のような恥ずべきじじいが政治家だなんだと威張り散らしていられるという次第だ。

その最悪な形で登場したのがトランプだ。こんなやつがどうして大手を振って大統領になってしまったのか。 ナオミ・クラインは通常何年もかけて調査した結果を本に仕上げているそうだが、本書に限っては非常に短期間で書き上げることができたのだそうだ。 これを読むとトランプというのが単なる一個人ではなく、ある意味現象であって、天変地異のようにそれは突然やってくるのだけれども、実は何年も何年も蓄積された事象が一気に噴出してきたものだということだ。

序 章

第一部 なぜこうなったのか──スーパーブランドの台頭
第1章 なぜトランプは究極のブランドになることで勝利したのか
第2章 ファースト・ブランドファミリー
第3章 マール・ア・ラーゴ版『ハンガー・ゲーム』
第二部 今どうなっているのか──不平等と気候変動
第4章 気候時計は真夜中を打つ
第5章 グラバー・イン・チーフ
第6章 政治は空白を嫌う
第7章 経済ポピュリズムを愛せよ
第三部 これから何が起きる恐れがあるか──ショックがやってくるとき
第8章 惨事の親玉たち──民主主義をすりぬける抜け道
第9章 危険な政策リスト──危機に備えて予期しておくべきこと
第四部 今より良くなる可能性を探る
第10章 ショック・ドクトリンが逆襲されるとき
第11章 「ノー」では十分でなかったとき
第12章 スタンディングロックから学んだこと──夢見ることを恐れない
第13章 跳躍のとき──小刻みの歩みではどうにもならない
終 章「ケア」する人々が多数派になるときは近い
リープ・マニフェスト──地球と人間へのケアに基づいた国を創るために
訳者あとがき
人名索引

もっと云うとそれはビル・ゲイツやエジソンやアインシュタインでも良い、出るべくして出てきたものであって、もちろん本人の(トランプは例外かもしれないが)の才能や努力はあっただろう。しかし、当人がやらなかったとしても何れ誰かがやっていただろうものであるのだ。クラインはつまりトランプという現象は我々が綿々と選択してきた結果として出るべくして出てきた事象であるというわけなのだった。


実のところ、今日の企業ディストピア(暗黒郷)を作り上げるのに何より役立ったのは、白人労働者階級と黒人、市民権のある人と不法移民、男性と女性を、持続的かつ組織的に対立させてきたことだった。白人至上主義、女性蔑視、同性愛嫌悪、そしてトランスフォビァ(性同一性障害やトランスジェンダーに対する嫌悪)は、エリート層が真の民主主義から身を守る最も強力な防衛手段だった。人口の極一部にすぎない集団を利する政治的・経済的アジェンダを実行するには、分割して脅すという戦略が―これまで以上に工夫を凝らした方法で、多くのマイノリティの有権者が投票しにくくなるようにするとともに―唯一の方法なのである。

歴史を振り返れば、白人至上主義やファシストの運動は―水面下では常にくすぶっているとしても―経済の低迷が長く続いたり、国力が衰退している時期に急速に燃え上がることとが多いのは明らかだ。戦争で荒廃し、厳しい経済制裁という屈辱を与えられたワイマール共和国がナチズムへと向かったのはその格好の例である。それは長い年月を超えて、人類に教訓を与え続けてきたはずだった。

ホロコースト以後、世界は団結し、大量虐殺の論理を2度と根付かせないよう、それを踏まえて防ぐ状況を作るために尽力してきた。ヨーロッパ全域で寛大な社会保障制度の論理的根拠が形成されたのは、まさにそのことと、下からの大きな圧力とが相まった結果だった。西側先進国は、希望を失った市民がスケープゴートを求めたり、極端なイデオロギーに走ったりしないよう、市場経済が人間の基本的尊厳を十分に保障する必要があるという原則を受け入れたのである。

しかし現在、これらはすべて放棄され、不気味なほど1930年代に似た状況が再現されている。2008年の金融危機以降、国際通貨基金(IMF)、欧州委員会および欧州中央銀行(通称「トロイカ体制」)は、財政危機に陥った国々に次々と「ショック療法」―金融支援と引き換えの構造改革―を受け入れさせてきた。彼らはギリシャやイタリア、ポルトガル、そしてフランスに対してまで、こう言ってきた―「救済はしてやろう。だが、惨めな屈辱と引き換えにだ。自国の経済問題の管理を断念し、重要な決定はすべてわれわれに委任すること。経済の大部分を、たとえ鉱物資源など、その国独自の主要な産業であっても民営化すること。給与、年金および医療費を削減すること。これが条件だ」と。なんという皮肉だろうか。というのもIMFが設置された背景には、第一次世界大戦後、過大な賠償金を課せられたドイツが憤激を募らせ、それがナチスの台頭へとつながったことへの反省があったからだ。ところがIMFは、ギリシャ、ベルギー、フランス、ハンガリー、スロバキアをはじめ多くの国々で、ネオファシスト党が躍進する状況を助長するプロセスに、大きく関わったのである。現在の金融システムは世界中に経済的屈辱を拡散している。1世紀前、経済学者で外交官のジョン・メイナード・ケインズは、世界が過酷な経済制裁をドイツに科せば、「あえて予言するが、復讐が容赦なくやってくるだろう」と警告したが、まさに今、そのとおりの影響が生じているのだ。


個人としてのトランプがどんな形で退場していくのか。決して美しい形で退場していく訳はないと思うが、それとは無関係にトランプの登場はこれまで以上の分断と怒り、政治不信を生み、それが元通りになることは決してないくらいにアメリカという国は棄損してしまったと思う。

そしてそれは同時に日本でも。トランプは他の国の大統領である訳だが、彼の言動や意思決定はやはり日本の人々にも政治不信や分断を呼び覚ましていると思う。それは正に政府や政治家や企業そして隣人に対する不信感である。

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△▲△

スマイリーと仲間たち(Smiley's People)
ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2018/08/26:ようやくスマイリー三部作の最終章「スマイリーと仲間たち」にたどり着きました。とても集中力を求められる読書とそれに続くまとめ作業は非常に難易度の高い、おそらく最高難度の作業になったと思います。モレスキンへのメモの書き込み方も従来の手法ではなく、時間軸と人間関係がたどれるような残し方を試みました。出来上るとそれはみたこともない地図のようなものになっていました。結果どうにか複雑に入り組んだ時間軸と人間関係を俯瞰してみることができました。

果たしてル・カレはこのような作品のプロットをどうやって組み立てていったのでしょう。またこの存在感のある奥深い登場人物たちの人生や感情の豊かさ。こうした、まるで実在の人物のであろうかというようなこのみごとな人物描写はどのように生み出されたのでしょう。僕は数年前にル・カレをいわば再発見し、その物語の深さ、見事さに圧倒された次第ですが、それは昔、少年の頃に読んだ時点ではといも理解することは出来ない代物でした。もちろん今だってどの程度理解できているのか甚だ心もとない状況ではありますが。

「寒い国から帰ってきたスパイ」からしてすでに英国の覇権に落日のにおいを嗅ぎ、資本主義と共産主義の対立が単なる善悪をめぐるものではないことをすでに理解していたル・カレの世界を見渡すその英知とそれを比類のないリアリティを持ったフィクションに仕立て上げるその文才にはただただ嫉妬する以外にない。その一方僕は読者としてこのような作品を楽しみ、またそれを解体して記事にまとめるという至福の時間を過ごすよろこびも感じている。

僕の傍らには今、ル・カレの本が山積みになっている。もちろん、「スパイたちの遺産」もだ。メモで作った地図をもとに本に立ち返り、しかも50年に渡ってル・カレが作り出してきたそれぞれの本を自由自在に行ったり来たりして読み返すし「あーこれはそういう意味だったのか」とか読み落としてしまっていた後日談がひっそりと書き添えてあることを発見する喜びに浸っております。

今回の読書は長い読書体験のなかでも比類のない深い感動と感情を揺さぶられる素晴らしい体験でありました。いやいやまだこれでは終わらない。僕はもう一度「スパイたちの遺産」へと戻っていこうと思っています。これからすぐに。

繰り返しますが、この続き本については特例として最小限のネタバレを勝手ながら自らに許すこととさせていただきました。未読の方はこれから先を読まないようにしてください。本書に取り組む際にご本人の読書を損なうことになってしまうと思います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

三度引退生活へと戻っていたスマイリーは連なって起こった二つの出来事によって呼び覚まされた。

一つはパリにひっそりと暮らす中年女性を襲った不可解な事件だった。オストラコーワというその女性は亡命ロシア人であった、彼女の夫は反政府主義のエストニア人で政府と戦うために単独ソ連を脱出したが、パリで末期の癌に侵され倒れたのだった。この夫を看病するという名目でソ連からの出国を認められてパリへやってきたのだがそれは愛のあるものではなくあくまで夫への義務と何より不満分子として抑圧を加えてくるソ連という国から脱出する手段としてであった。彼女にはその時点で同じく反政府活動家のユダヤ人の男がおり、二人の間には娘もいた。男はこのチャンスを使ってお前だけでも自由になれと背中を押してくれたのだった。

そのオストラコーワの前に明らかにソ連政府の男が訪れた。その男は彼女の人生を詳しく知っており、さらに意外な提案をしてくる。ソ連に残してきた娘をパリで受け入れるつもりはないかというのだ。アレクサンドラ。出国して以来一度も音信がなかった娘。孤児院に送られ名前を変えられたという噂だけがあった。男はアレクサンドラがしぶとい反政府活動家になり、繰り返し国家に反逆を続けてきたことを告げる。そしてソ連としてはこの女をパリへ送り出すことで排除するという選択肢に同意する用意があるというのだ。

長く反政府活動を続けてきた経験を持つ彼女は、ソ連の提案を頭から信用するような初心さはなかった。提案に合意しつつも彼女は将軍と呼ばれる高齢の人物で亡命エストニア人グループのリーダーに事情と支援を求める手紙を送る。果たして将軍の代理のものが現れソ連政府の男の写真をみせ、夜を徹して詳しく話を聞き取り、緊急の場合はまた手紙をだすようにと言い添えて戻っていった。心を千々に乱れさせながらもこの提案を受け入れ娘の入国手続きを進めるオストラコーワ。延々と続く書類審査と待機の日々を送っていく。そしてようやくほぼ手続きが終わったと思われる頃、彼女を尾行する男たちによって命を奪われそうになるのだった。

もう一つの出来事はロンドン郊外の小道に横たわる白髪の老人の射殺死体だった。スマイリーはこの現場に呼び出され死体の身元確認を求められたのだった。老人はその名をウラジミールと云いエストニア人であったが優秀なヴォルシェビキであった。しかしソ連のエストニアに対する激しい弾圧を前にサーカスのスパイとして活動した男だった。サーカスにとって大変重要な情報をもたらす一方で報酬らしいものは何も受け取らない清廉さを備えた情報源として長く活躍したが、身元がばれる前にソ連を脱出しロンドンでひっそりと暮らしていたのだった。

頭部の損壊は激しくこれはソ連の情報機関が報復・制裁を加える場合に用いる常套手段だった。果たしてウラジミールは直前サーカスに向けて大物を釣り上げたこと、そしてその証拠を渡す用意があることを仄めかすような接触をしてきていたのだった。

明らかにオストラコーワが頼った将軍こそこの殺された将軍ウラジミールであると思われるのだが将軍が云う、大物、そしてその証拠とは何なのか。オストラコーワに接近してきた者たちの目的は何なのか。スマイリーは地道に情報を収集し冴えわたる推理によって次々と事実を突き止めていく。複雑に絡み合いぶつかり合う情報の向こう側からはモスクワセンター、そしてその最深部にいるカーラの意図が浮上してくるのであった。やがてそれはスマイリーとカーラが再び静かに激しく対決する舞台となっていくのだった。

正に最終章として相応しい深い余韻を残すすばらしい傑作でありました。

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スクールボーイ閣下(The Honourable Schoolboy)
ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2018/08/18:どうにかスマイリー三部作の第二部にたどり着きました。今年も10日間という長いお休みを頂戴しております。前半は仙台へ帰省しましたが子供たちの予定もあるのでカミさんをおいて三人で早々に浦安に帰巣し、僕は炊事当番を中心とした家の些事を引き受けつつ気ままな生活を重ねております。

こんな時期じゃなければこんな大仕事片付けることができなかっただろうなと思います。

記憶のなかで本書を僕はずいぶんと気に入り何度か繰り返して読んでいたはずでしたが、やはりほとんど完全に内容を忘れてしまっていた。改めて読み返すと確かに非常に面白い本ではあるものの、先の「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」に比べるとやや重厚感に欠ける部分がある。それと話しの複雑さも。面白いと思っていたのは単に読みやすかったということなのかもしれぬ。当時の僕はおそらく中学生か高校生なりたてといったところで、香港と英国の事情や中国とのかかわりなど露も理解できていなかったに違いないとも思うのであります。

繰り返しますが、この続き本については特例として最小限のネタバレを勝手ながら自らに許すこととさせていただきました。未読の方はこれから先を読まないようにしてください。本書に取り組む際にご本人の読書を損なうことになってしまうと思います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

もぐらの存在が明らかになったその衝撃は計り知れないものがあった。サーカスは事実上壊滅したようなものだった。ソ連側に漏れていない情報があることなど期待する方が無理な状況だ。サーカスのチーフとして現役に帰り咲いたスマイリーはこの未曾有な事態からの巻き返し、組織の立て直しという大仕事にとりかかる必要に迫られていた。

スマイリーは世界各国に散らばる常駐工作員を撤退させたり、本部内の施設を閉鎖したりして守りを固める一方で、休眠状態にいるメンバーを招集し攻めに回る準備も並行して進めていく。

攻めに回るにはどうすべきか。彼らはそれを「遡行」と呼んだ。もぐらが取捨選択した情報・活動はイコールソ連側、その糸を引いていたカーラの指示によるもののはずでそれらの意思決定を遡行していくことで先方の目論見や攻撃開始地点が読み取れるはずだ。スマイリーは小さなチームを作り、もぐらが指示を出した活動、却下した情報を拾い集めて過去を再構成していく。そこに浮かび上がってきたものはもぐらが調査を中止させた情報が浮かび上がる。それはソ連からインドシナ経由で東へ進み香港にたどり着くかなりの額の送金だった。

この送金ルートをたどるために白羽の矢がたったのはジェリー・ウェスタビー。トスカーナの片田舎で隠遁生活をしている元現地工作員だった。彼はかつて香港で新聞記者という偽装のもとで工作員として働いていた経緯があった。サーカスとしてはもぐらによって汚染されていない貴重な分子であった。彼を使って資金源をたどることでカーラの意図を探り出そうという作戦が開始されるのだった。

それにしても解せないのはモスクワ・センター、カーラが多額の報酬を払うその対価はなんなのかということだった。ウェスタビーの調査によって浮かび上がってくるのは香港の暗黒街を牛耳るコウと呼ばれる人物とその弟の存在だった。コウ兄弟は手を取り合って中国の激動を生き抜いてきたが、戦禍のなか中国と香港に離れ離れとなってしまった。カーラは中国のなかで頭角を現した弟ネルソンから情報提供を受ける報酬として香港にいる兄のドレイクに多額の報酬を払っていたのだった。モスクワが中国共産党の要職につく者をもぐらとして利用していた。西側からすればソ連以上に謎に包まれた中国にあろうことかソ連がもぐらを送り込んでいた。これが明らかになれば中ソ関係に大きなヒビが入りカーラの組織にも大打撃を与えるものになるはずだ。

一方ドレイクは密かに弟のネルソンの賞味期限が過ぎる前に中国から香港へ弟を脱出させようとしていた。宿敵カーラへの巻き返しを図りたいスマイリー。いつしかコウ兄弟に同情をよせるウェスタビー、香港の、そして中国・ソ連の国家としての利害関係などが事態は錯綜し混迷を極めていく。


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ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ
(Tinker, Tailor, Soldier, Spy)

ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2018/0818:無謀な試みだといまだ思っていますが、止まらずに進むよ。「寒い国から帰ってきたスパイ」。こんだけ粗削りにすれば誰だって書けるだろうきっと。という仕上がりであることは言うまでもありませんが。とりあえず出来たことは出来たということで、次なる「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」です。スマイリー三部作と呼ばれる作品群の第一部ということになります。ル・カレの本は難解なものが多い訳ですが、これは登場人物が多数であることや出来事の意味合いや登場人物の行動の目的というような所謂解釈のような記述が基本的にないことに由来すると思います。何が進んでいるのかわかりにくいということなのだろうと思います。僕も読み解くのに苦心しましたよ。当然。なかでも本書は特に難解だと思います。というのも本書は加えて時間軸が非常に入り組んだ構造になっているからです。

異なる時間に起こった出来事が徐々に明らかになってくる。後述しますがスマイリーの調査によって出来事の全貌が次第に明らかになっていく仕掛けになっています。それは玉ねぎの皮をむくように次から次へと新たな疑惑や謎が現れ、それを追うことで物語が紡ぎだされていきます。これこそル・カレの、そして本書の最大の読みどころとなっていると思います。

繰り返しますが、この続き本については特例として最小限のネタバレを勝手ながら自らに許すこととさせていただきました。未読の方はこれから先を読まないようにしてください。本書に取り組む際にご本人の読書を損なうことになってしまうと思います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

引退生活に再び戻ったスマイリーはレイコンの急の呼び出しに応じて彼個人の自宅へと向かう。迎えにきたのはピーター・ギラム。ギラムは首狩り人(スカルプハンター)のチーフであった。スカルプハンターはケンブリッジ・サーカスと呼ばれる諜報機関のなかの一チームで海外常駐工作員が行うには汚すぎる、危険すぎる荒仕事を引き受けるチームのことだ。またスカルプハンターはケンブリッジ・サーカスの中でも他の組織と切り離された独立した組織であったが、初代のコントロールが没した後に改革が行われ現在は本部配下の一チームという位置づけとなっているという。

本部のチーフ、つまりコントロールの後任はパーシー・アレリン、本部の指揮官はビル・ヘイドン、ナンバーツーはロイ・ブランド、そしてその下にトビー・エスタヘイスこの3人が情報と作戦行動のすべてを握り下部組織には必要最低限のことしか伝えない。そうすることで機密を保持しようしているのだった。

レイコンはケンブリッジ・サーカスの監視役ともいうべき人物で組織の人間でも情報機関の人間でもなかった。政府からのお目付け役といった役割だ。そんな彼の家で待っていたのは、リッキー・ターという香港で東側の人間のなかから転向者をスカウトする仕事をしていた男だった。

ターは香港にやってきたソ連の下級通商代表団のメンバーに同行してきた妻と接触して得た情報を持ち込んできていた。

彼女の情報によればケンブリッジ・サーカスのかなりの上層部にソ連のもぐらが潜んでいるという話であった。また彼女は夫も祖国も捨てて亡命することを望んでいたこと、しかし段取りをつけるためにロンドンとやりとりをしている間に夫ともども視察旅行の途中で消息が不明となったこと。その後の調べにより、全身包帯で覆われた女性が意識不明のままソ連に向かうチャーターされた飛行機に担架で運ばれおり、この女性こそターの接触した夫人であった可能性があること、などから総合してロンドンのもぐらというのはかなり信ぴょう性の高い情報であることが想定されるのであった。

ギラムにせよ、レイコンにせよ、これをケンブリッジ・サーカスにそのまま渡すわけにも、他の捜査機関に渡すわけにもいかない状況でありスマイリーが呼び出された理由でもあるのでありました。

スマイリーが退官した後、コントロールは後任となるパーシー・アレリンとの確執が強まっていった。伝説的存在であったコントロールも老いには勝てない。アレリンが手に入れたマーリンと呼ばれる東側のスパイがもたらす高度な機密情報による作戦の成功という後押しもあってコントロールは徐々に権力を失い、取り巻きだった信頼できる部下たちも一人そしてまた一人と馘を切られていった。ウィッチクラフト作戦と名付けられたマーリンの情報を活用した諜報活動によってアレリンはナイトの位を授与され、ヘイドンとブランドも叙勲された。隅に追いやられつつあったコントロールはマーリンの裏に東側の意図をくみ取り、サーカス内にもぐらがいる可能性を疑っていた。そしてその裏にはモスクワセンターを牛耳るカーラと呼ばれる鋼鉄の男がいた。スマイリーはかつてカーラと直接対峙する機会があった。作戦の失敗でロンドンの手に捕まったカーラは寝返るか、亡命するかしかないと思われる瀬戸際の状況下でスマイリーの説得をことごとく退けソ連に戻っていった男だった。それは戻れば死が待っているとしか思えない状況だった。しかしカーラはどうにかして死地を逆転し、制裁を受けなかったばかりか諜報機関の長へと上り詰めていったのだった。コントロールはその真相の核心に迫る前に病により命を落としてしまったのであった。

疑われていたのはパーシー・アレリン、ビル・ヘイドン、ロイ・ブランド、トビー・エスタヘイスそしてジョージ・スマイリーの5人であった。コントロールはそれぞれに暗号名をつけていた。アレリンがティンカー、ヘイドンがテイラー、ブランドがソルジャー、エスタヘイスがプアマン、そしてスマイリーがベガーマンであった。スマイリーはコントロールの遺志を継ぎサーカス内のもぐらをあぶりだす調査に乗り出すのだった。

もしもぐらが実在しているとしたら失敗した諜報活動・作戦はリークされていたからであり、調査や活動が妨害されていたのであればそれはもぐらが自分の正体を隠すために行っていた可能性がある。組織から去った人々の最後の日々に行っていたこと、古いファイルに書かれた出来事を拾い集めて隠された意図を暴くべくスマイリーは過去へ旅していく。果たしてもぐらは実在するのか、実在するとしたら誰なのか。あきらかにキム・フィルビー事件を下敷きにした本作は極めて濃厚で重厚な物語世界を描き出している傑作でありました。


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寒い国から帰ってきたスパイ
(The Spy Who Came in from the Cold)

ジョン・ル・カレ( John le Carre )

2018/08:今年はお盆にお休みして仙台へ帰省しました。父の初盆と思ってそうしたつもりだったのだけど、父の場合四十九日がまだなので今年は初盆にはならない。来年なんだそうだ。あらま。新しい四半期が始まったというのにまだ一冊も記事が書けていない。この夏季休暇中になんとか取り戻そうという予定でいたのだけど、あまり自信がない。

「スパイたちの遺産」を読んでてんで迷子になり、こりゃ最初から読み直さないという決意をしたものの、何時から始めるかなんて考えもないまま「寒い国から帰ってきたスパイ」を読み始めてしまった。現在は「スマイリーの仲間たち」まで読み進んできたものの、こんなに複雑に入り組んだ本を四冊も抱え込んでしまって果たして走り切れるのか。というのが今の心境であります。

だまって眺めているとますます深みにはまりこみそうなので重い腰を上げてみたという次第であります。また本サイトはネタバレ禁止を原則としてこれまでやってまいりましたが、これらの作品に関しては最小限のネタバレが避けられないものと思料します。これからこれらの本を読んでみようという方はこれから先を読まないでください。ご自身の読書を損なう内容が含まれている可能性があります。申し訳ありませんがよろしくお願いします。

西ドイツの国境で男が一人、東側からやってくる人を待っていた。男はイギリスの情報機関で働いていた。東ドイツの中で活動していたスパイ網が発覚され、協力者たちが芋づる式に身柄を拘束されるか、殺害されるという緊迫した状況のなかで生き残ったメンバーが国境を越えてこようとしているところだった。問題の人物は自転車で検問所を通ったが国境線を超える直前に身元がばれ国境地帯のまんなかで射殺されてしまうのだった。

目の前で一から築き上げたスパイ網をこなごなにされた男はアレックス・リーマスという名前だった。メンバー一人一人と何度も接し生い立ちや好みを知り抜き友人として大切にしてきた者たちをむごたらしい死に追いやってしまったことの衝撃は計り知れないものがあった。ロンドンに戻るリーマスは失意のどん底であったが、この事件は自分自身の現場での情報活動の終わりを告げるものでもあった。

閑職への配置転換か馘を覚悟で訪れたケンブリッジ・サーカスでリーマスを出迎えたコントロールは意外な申し出をしてくる。今回のスパイ網壊滅の糸を引いている東ドイツの情報部副長官ハンス・ディータ・ムントに報復を与えるために特命を帯びる覚悟があるかというのだった。

「1956年の末、ムントは東ドイツ鉄鋼調査団の一員として、ロンドンに赴任しました。その任務に隠れて、事実は亡命者グループの破壊工作に従事していたのであります。この作業の過程で、大きな危険に身をさらすことになりましたが、かれは見事に任を果たし、非常な成果をあげました」


ムントは冷血非道を持って字で行く東側情報機関の超タカ派的な男だった。この事件のせいでスマイリーは情報部から引退したのだった。

自らムントを陥れる罠となることを志願したリーマスだが表向きは経理係へ左遷され、酒におぼれ、仕事をさぼり自失茫然、転落の日々を送っていく。省内でもリーマスの転落ぶりは噂となり、最後はひっそりと解雇されてゆく。

更にリーマスは解雇されても尚転落を続けていく。どうにか見つかった職はベイズウォーター心霊研究図書館の書士であった。ここでもずぼらさと酒癖の悪さを発揮していくくのだが、同じ職場の女性リズ・ゴールドはリーマスの過去を引きずる影の部分に気づきそしてまた彼を癒してあげたいという思いを抱いていく。 リズ・ゴールドこそコントロールがこの状況下で接触させようとしたターゲットであった。彼女は左翼活動家であり、彼女と接触することで左翼団体の目に転落したリーマスが捕捉されることを期待していたのだった。果たして東側組織はリーマスに国を売る気はないかという接触をしてくるのだった。

東側と接触するリーマスはどんな作戦を帯びているのか。孤立無援の状況下でコントロールと約束した役割を果たし続けるリーマスにはどんな運命が余っているのか。ロンドンでは引退したスマイリーはなぜかリーマスの偽装を疑わせるような行動を繰り返しはじめる。また東側はリズ・ゴールドを招聘することで事件に巻き込み、コントロールの目論見通りに物事が進んでいるのかどうなのかリーマスも判然としない状況を生み出していく。物語は読者の予測をことごとく裏切り衝撃のラストへと加速していく。

名著というのは色あせないものですね。大人になってから再読してほんと良かったなー。


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