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相変わらず経済も政治も土砂降りの泥濘をもがき進んでいる状況が続いておりますが、一歩一歩足を前に出し続けていけばいつしかきっと晴れて乾いた固い場所にたどりつくハズで、こんな時は前に出すつま先を無心に見つめて歩き続けるのが一番かもしれません。僕の会社も決して順調とは言えない状況ですが、個人的には仕事に読書に運河巡り、そして大切な家族と過ごす時間と充実した毎日です。先を急ぐよりも今のこの時間を噛み締めるように過ごしていきたいと思います。

テロリズムと戦争(Terrorism and War)」
ハワード・ジン (Howard Zinn)

2010/09/19:ハワード・ジンが亡くなったのは今年2010年1月27日だったという。87歳。ご冥福をお祈りいたします。しかし、ハワード・ジンの訃報が大手のメディアのニュースになった記憶はない。彼の死は、優れた政治学者として、世間を欺いて身勝手なことを推し進めようとしている政府に鋭くもの申すことができる希有な存在として、我々人類にとって大きな損失だと思う。ノーム・チョムスキーら、物陰でこっそり行われようとしている不平等でいかさまで、傲慢で残忍な行為とそれを行おうとしているやつらの姿を照らし出すことができる人物は数少ない。

大手メディアはこうした人たちを積極的に取り上げようとしていないのではないだろうかとすら思う。彼らの発言が世間の人々の知るところとなり、大勢の人に知恵が付いてしまうと都合が悪いからではないだろうか。

本書は2001年の9月から2002年の1月にかけてアンソニー・アーノッヴ(Anthony Arnove)が行ったインタビューがもとになっている。つまり丁度9.11の事件直後から書き始められた形だ。2001年の9月11日から9年が経過した。この事件の後と前、もっと遡って、第二次世界大戦直後から今までの世界情勢を俯瞰した時、我々の世界は果たして以前よりも安全で平和になってきたと言えるのだろうか。世界における紛争は大戦直後から休むことなく続けられてきた訳で、特に9.11の事件後から現在までで、紛争は拡大しより身近なものになってきてしまったのではないだろうか。

ハワード・ジンは第二次世界大戦中、B-17の爆撃手として出兵し、ヨーロッパの各地で爆撃に参加した。戦後、自分が爆撃した街を訪れ、自分が引き起こした惨状に愕然としたのだそうだ。彼の反戦主義はここからスタートしたものなのだろう。


 ノーデン爆撃照準器は四〇〇〇フィート上空からは目標を正確にとらえられませんし、一万一〇〇〇フィートとなるとよけい不精確になります。しかし、私たちは三万フィートの上空から空爆していましたし、この高さから爆弾を投下するときは、軍事目標をはっきりと見つけ出してそれだけを攻撃するなどということはまったく不可能です。


 スマート爆弾や新しい技術によって精密照準爆撃が可能になったと主張するのは、いんちき以外のなにものでものありません。


 戦争において、戦争の手段がもたらすものは悪魔的なものであることは確実ですが、戦争の目的---それがいかに重要であっても---が実際に達成されるかどうかは、つねに不確実であるということです。つねに予測しなかったことが次々に起きてくる、これが戦争なのです。たとえば、第二次世界大戦では、ファシズムを打倒できるかどうかは確かではありませんでした。ヒトラーとムッソリーニを打ち負かすことができるであろうことはかなり確実でした。しかし、軍国主義、人種差別主義、帝国主義、暴力など、ファシズムのあらゆる要素を消滅させることができるかどうかは確かではありませんでした。事実、五〇〇〇万人という死者を出したにもかかわらず、これらを消滅させることはできませんでした。こうした事実を考慮に入れ、また戦争に使われる恐るべき技術が人類に及ぼす可能性を考えると、もはや本当に正義と呼べるような戦争は存在しうるはずがないと私には思えるようになりました。どんな問題に直面しようとも、どんな独裁者が現れようと、世界の状況がどうなろうと、どのような不当な攻撃を受けようとも、人間の大量殺戮以外の解決方法という手段を私たちは見つけなければならない、と私か確信するようになったのです。


僕自身、あの事件以前、まるでゲームの画面を見ているような戦場の映像を全く深く考えることもなく眺めていた。ヘタをすれば格好いいとさえ思って観ていた。しかし、現実には、圧倒的な火力で攻め込んでいる、その向こう側には家族や友人、そして名前を持ち血の通った人間がいて、そして兵士ですらない人々が斃されていたのだ。

捕まえるといってから9年経ってまるで捕まる気配のない、オサマ・ヴィン・ラディンだが、プレデターは彼とその取り巻きが集会をしているらしい現場を押さえて、攻撃を加えたが、実際には、荒野で羊飼いたちが集まっている場所を爆撃してしまった。武器を持っているらしいということで、装甲車両で取り囲み一斉射撃でその場にいた全員を射殺したが、身元を確認したらロイターの記者だった。などというニュースがあるが、そんなことは氷山の一角に過ぎない。

アメリカがテロに断固として戦うと言う以前に、中東ではプレデターやスマート爆弾によってなんの前触れもなく、建物や車が攻撃され、その理由は一切語られることなく死んでいった大勢の人々の存在がある。

にも関わらず、我々は意図的にバランスを欠いた報道・情報によって過った選択をさせられ、結果的に戦争に導かれていく。こうした事態に歯止めをかけられるのは、ハワード・ジンのような冷静に物事の本質を見抜く心を持っている人物なのだ。

本書の骨格をなすものが、政治的ヒステリーともいうべきテロに対抗すべく神の存在を持ち出し、反戦的・反政府的な発言を封殺する言論に対する攻撃だ。9.11事件直後、大手メディアはこの世論の捏造に大きく手を貸したと言わざるをえない。


「平和主義者であってもこのアフガン戦争を支持すべきだ」
「アメリカの平和主義者たちは、この戦争を支持する以外に正気の道は他にない」
---ナショナル・パブリック・ラジオ(National Public Radio) スコット・サイモン(Scott Simon)

アメリカ合衆国においては反戦活動家たちが「第五列」を編成している
---ニュー・リバブリック(The New Republic) アンドリュー・サリヴァン(Andrew Sullivan)

「ジョージ・ブッシュ氏は大統領であり、彼が決定をくだす。一アメリカ国民として私に列に加わることを彼は要求しているわけですから、どの列に加わればよいのか指示して欲しい」

「9.11事件以前のジョージ・ブッシュ氏に関してわれわれがどんな意見を持っていたにせよ、彼はわれわれの最高司令官であり、現在、最高責任者であるわけです。われわれは連帯することが必要であり、断固たる態度をとることが必要です。私は別にお説教をしているわけではありません。みんなこれはわかっているはずです。」
---CBSニュース(cbsnews) ダン・ラザー(Daniel Irvin Rather Jr)

政府はこうしたメディアの後押しを利用しつつ、言論、個人の自由を奪い、内外に差別なく帝国的で、より権力者に有利な国造りを推し進めた。その代表的なものがアメリカ合衆国愛国法で、これによって一般市民であっても軍事法廷に立たされる可能性が生まれた。


「わが国でこれまでになかったような厳しい個人の自由への制限を経験するであろう」
---最高裁判事 サンドラ・デー・オコナー(Sandra Day O’Connor)


 いまや、大統領命令と議会が通過させた「アメリカ合衆国愛国法」のために、どんな人でも、軍事裁判にかけられ即座に国外追放されたり無期限に身柄拘束を受けたりする危険性があるのです。


何より政府は嘘をつくのだということだ。I・F・ストーンは著名なジャーナリストだった人なのだそうだが、ジャーナリストにならんとする学生たちの前で講演をする機会がよくあったそうだ。そんな彼がよく言っていたというのが次の言葉だという。


「ジャーナリストになるために私がきょうこれから君たちにいろいろ話しますが、どうしても覚えておいてほしいことはたった一つのことだけです。それは、政府は嘘をつくということだ。」
---I・F・ストーン(Isidor Feinstein Stone)


本書では空爆したスーダンの化学兵器工場だとされる場所が実はスーダンの人々の大半が頼っている医薬品工場であり、この破壊によって数え切れない程の人々が医療を受けられず死んでいった事件について、当時クリントンの補佐官をしていたサンディー・バーガー(Samuel Richard "Sandy" Berger)はフロントラインというテレビ番組のインタビューでその事に触れられると化学兵器が作られていると言った人物がいたからだと発言したが、その発言をしていたのは他でもないバーガー自身だったと云う逸話が紹介されておりました。

政府が嘘をつくのは何もアメリカのお家芸ではない。日本政府だって同じだ。都合が悪ければ嘘をつく。ジャーナリストと名乗る以上、こうした嘘の尻馬に乗ってはならない、こうしたことを暴き公正に報道することがジャーナリストの使命だと彼は言っているのだ。

機密費の問題がなんだかニュースになっているのか、なんなのか微妙な気配でどうやら報道関係者に金が流れていたらしいのに、そのことに踏み込んだニュースも出てくる気配がない。きっとそれは日本にジャーナリストと云う職業に就いている人がいないからなのだろう。そうそう英語だしね。よく言うのがほらあれだ、新聞屋さんとかテレビ屋さんといった感じ?

アメリカ合衆国政府が推し進めようとしていることは一体何だろうか?9.11事件の背景にあるものは何だろうか?


 アメリカ合衆国はイスラエルと親密な関係を維持する政策をとり続ける一方、他方では石油生産諸国とも緊密な関係を保ち、アメリカ合衆国が中近東で支配力を維持し続けることができるように、これらの国々を互いに対抗させるという政策をとっているのです。


ここには正義とか道義は全くない。あるのはアメリカの覇権と国益のみだ。このように意図的に地域に緊張感を高めて互いに対抗させるように仕向けられている場所が実はあちこちにあるのはご存じだろうか?僕らの住んでいる場所も例外ではない。こうしたことに気がつかずに生活をしている僕たちは単に無知なだけなのだろうか。悪いのはちゃんとニュースを見たり読んだり考えたりしない視聴者の我々なのだろうか等と自分を責めてはいけない。恥ずべきは報道する側にあるのだから。

ハワード・ジンが情報収集に利用していると云うニュースソースが紹介されていたので、ここに載せさせていただきます。残念ながら、英語で日本に関する情報は殆どないだろう。僕らがまず最初にすべきことは、日本における本当の報道を行うことのできるメディアを生み出すことなのかもしれません。


ザ・ネーション(the Nation)


イン・ジーズ・タイムズ(In These Times)


Zマガジン(Z Magazine)


ザ・プログレッシヴ(the progressive)


ドラーズ・アンド・センス(dollars and sense)


ザ・インターナショナル・ソーシャリスト・レビュー(the International Socialist Review)


「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」のレビューはこちら>>


「爆撃」のレビューはこちら>>


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木暮写真館
宮部みゆき

2010/09/19:花菱英一は都立の高校二年生。両親の秀夫、京子と歳の離れた弟、光の四人家族だ。両親は結婚二十周年を記念して、新居、マイホームを購入した。その家は新しい街だが、子供たちが通う学校にはより近くなるような場所にあった。築33年、大正生まれの小暮泰治郎という人が開いていた木暮写真館と云う写真屋さんの店舗兼住宅なのだった。小暮泰治郎が亡くなって空き家になっていた家だ。花菱家では、この家を、というか店舗を改築せずそのまま残して住む事にしたのだった。

住みはじめてわかったことなのだが、この家には小暮泰治郎の幽霊が出るらしいと云う噂が近所に出回っていた。花菱家にはかつて5人目の家族がいた、風子と云う英一と光の間にいた女の子だ。6年前、彼女が四歳だった時にインフルエンザ脳症に罹りあっという間に亡くなった。近所の心ない噂話も、家族の死を抱えた花菱家にとってはまた別な意味となる。小暮さんがいるなら、風子だっていてもおかしくないハズだ。

ある日、女子高校生がやってきて英一に封筒をつきつけてきた。気味の悪い心霊写真なのだという。これは木暮写真館が扱った写真であり、それはこのお店だ。引き継いだ写真屋なんだから、この取り扱いについて責任をとるべきだというような事を言って押し付けていってしまう。「だから、うちは写真屋じゃないんだってば」

明らかに葬儀における親戚の集まりの一時を何気なく撮った一枚の写真だが、そこには明らかに不自然な写り込みをしている女性の顔があるのだった。英一は仕方なくこの写真の顛末を調べ然るべき場所へと持っていってあげることにした。英一の持ち前の優しさと行動力はやがて様々な人と人の想いを繋ぎ、欠けていたピースを埋めていくのだった。

ゆったりと流れる川のように動いていく本書の時間が心地良く、どこまでも優しい。


僕は学生の頃、自宅で小さな暗室を作り現像やプリントをする程写真にものすごく傾倒し、近所の小さな写真屋さんに入り浸って、お店番なんかのバイトもさせて貰っていた。あの頃はどこの街にも写真屋さんがあって、プリントの受付や証明書の写真撮影なんかを引き受けていたものだ。現像やプリントの価格競争、そしてデジタルカメラの登場によって街の写真屋さんは殆ど姿を消してしまったのではないだろうか。昭和38年生まれで宮部みゆきさんとも年の近い僕にとって本書はあの頃の情景を鮮やかに蘇らせてくれる本でもあった訳です。

ちょっと残念と云うか読み手の僕の思いこみなんだろうけど、どうしてもこの心霊写真の気配が強すぎて本来進もうとしているストーリーがなかなか掴めないところがもどかしかった。宮部みゆきは心霊現象を実在として捉えているのか、どうなのかという部分になるのだが、ここには靄がかかっていてよくわからない。個人的に既に亡くなっていた方に会ってしまったり、写真に撮れてしまったりした経験を持つ僕としてはこの部分に強く引きずられすぎてしまったようです。こうした現象をなんと呼ぼうが、どんな原因に基づくものだろうが、こうした事はあるものだと、ST不動産屋の社長さんに僕は激しく同意します。

本書はファンタジックな展開はなくあくまで現実的なドラマとして進む。読み終えて振り返った時に、亡くなった人々の実在や気配と共に生きる我々の存在がくっきりと浮かび上がってくる。現代劇かファンタジーか。この線引きの非常に微妙な部分を本書は進んでいく。これこそ宮部の狙いなのだろうか。どうなのだろうか。


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ミネラルウォーター・ショック-
ペットボトルがもたらす水ビジネスの悪夢

(How Water Went on Sale and Why We Bought It)」
エリザベス・ロイト(Elizabeth Royte)

2010/09/12:少し前の話だが、スーザン・ジョージの「WTO徹底批判!」という本を読んだ。WTOが何を推し進めているのかについて、もっとちゃんとした危惧を持つ必要がある事に気づかされ、そもそもなんでWTOとアメリカ政府が揉めたりしているのかについても、その背景がだんだんと見え始めると、これはもうかなり大変な事が進んでいるのだなという感じが ひしひしと伝わってきた。それは国家を越える、国家よりも上の金と権力を持ち得た多国籍業によって政府の、国の政策は骨抜きにされ、本来はその所属する国民のためにあるべき世界が、現実には多国籍企業にとって利益を追求するためのものにすぎなくなってきていると云う実態が明らかだからだ。


「WTO徹底批判!」のレビューはこちら>>

グローバルと云う言葉は、どこか世界中どこでも、津々浦々にと云うイメージを伴っていると僕は思うのだが、実態はそんな事はあり得ない。企業にとっては採算の取れない場所に出て行く意味は全くないからだ。企業が身銭を切るのは原則的にそうする事が自分たちの利益に繋がる場合だけだ。

こうした結果、巨大ショッピングモールができ、地元の商店街が枯れてシャッター商店街などと云われるように、世界規模でみても富や金の流れは局所集中化する傾向を強め、結果的に貧富の差は拡大していくのだ。地域経済や行政がこうした圧力に対抗する手段はどうやらなさそうな感じだ。

この本の中で僕はまた非常に気になる文章に出会った。これは末尾に加えられている佐久間智子氏による解説なんだが、2001年小泉内閣では時の行革担当相の石原伸晃はヨーロッパを視察していたが、この目的は世界最大の”水”会社ヴィヴェンティの訪問であったらしい。と云う一文だ。

当然推測されるのは当然ながら”水”の民営化と事業の海外進出であろう。この解説はそればかりか、当時、アメリカは京都議定書に反発する姿勢を崩さず、アメリカの覇権を天秤に社会資源を食いつぶす選択をしようとしていた。要は国民の利益か企業の利益かと問われれば、政府は企業の利益を優先させると云う事であるとか、同様に、日本企業もこれまでは会社は社員のものという暗黙の解釈により、家族的な運営をしてきたが、WTOによって、欧米の企業同様、会社は株主のものであり、その使命はあくまで利潤追求であるべきとする本来の会社へと変質させてしまったと云うような事を示唆していた。

確かにこの20年間で会社のなかの居心地と云うか雰囲気は激変している。ここまでギスギス感に満ちあふれているのは、何も我々一人一人の人間力によるものであったりする訳ではないし、不況だからでもない。また、日本の政策を振り返ってみれば、労働派遣法の改定、郵政民営化、これらは海外からの圧力によって舵取りをしたものだが、それによって生まれた派遣労働者の方々の悲劇やそれによって引き起こされた事件はここで引き合いに出す必要もないだろう。こうした企業優先の政府による企業優先の政策には益々目を光らせそのような言動を続けている輩を舞台から引きずり下ろす為に、出来ることを続けていく必要があると僕はこの時しかと心に刻んだと云う訳でありました。

そんな懸念を片隅に抱えつつ本書を読みました。ペットボトルで水が売り出されたのは一体いつ頃からだったのだろう。海外では水道水が飲料に適さないため、ミネラルウォーターが売り物となっている事はある意味常識なのだろうが、日本の場合はちゃんと水道水が美味しく飲める。これは世界的に見たら非常に稀な例なのだそうだ。

日本ミネラルウォーター協会が出している統計資料はミネラルウォーターの国内生産・輸入の統計が1982年から開始されている。1982年/2009年比較で総量は凡そ29倍。金額にして24倍。27年間で二千億市場に成長しているようだ。

http://minekyo.net/public/_upload/type017_5_1/file/file_12686215792.pdf


死んだ僕の母が水を売るなんてねぇと呟いていたのを思い出す。僕が学生だった頃、お店で売っていた飲料と云えば、コーラとかペプシやファンタと云った清涼飲料水であって水ではなかった。ポカリスウェットが売り出されたのは1980年で、最初は粉末で水道の水に溶かして飲むと云うものだったのだ。これってゲータレードの方が先でしたね。

おっとと、水道水の話しでした。僕が生まれ育った仙台の水道水はいくつかの水源から供給されている。父の実家はその水源の一つの更に上流にあった。「だから水道料はただなんだ」と叔父の一人に言われて、なるほどと思っていたのだが、これって嘘だよね。なんでこんなつまらん嘘をずっと信じていたんだろうか。いやいや、こんな話しをしたい訳でもない。

この父の実家の水道や、山に入って川をもっと遡っていけば、そのまま飲めるような綺麗な水が潤沢でこうした水は本当に美味しかった。仙台の家は若林区にあり、この家の水道水は釜房、七が宿ダムから取水されている水だ。釜房ダムからの取水がはじまった頃、水道水の味は明らかに変化し、カルキ臭がきつくなったりして、やはり死んだ母はよく文句を言っていたっけ。

実家へ行くたびにポリタンクに水を入れて帰ってくるような事もしてたなぁ。それでも、東京の水よりはずっと美味しい。

ここ浦安ではどこから水がと云うと、千葉県の水道局には味のある地図が用意されておりました。

県営水道配水系統図(PDF145KB)
http://www.pref.chiba.lg.jp/suidou/zigyougaiyou/graphics/area1.pdf


この図からみると浦安市は利根川水系江戸川で取水した北千葉浄水場からのものと、利根川水系印旛沼からのものを北船橋給水場で合わせて供給されている形になっているようだ。

就職して東京へ出てきてからと云うもの、料理やお茶やコーヒーとして水道水を飲んではいるけど、水道から直接飲む事は殆どなくなってしまった。冷蔵庫にはいつもペットボトルか紙パックの麦茶やウーロン茶が入っており、会社でもペットボトルのお茶は欠かせない存在となってしまった。

水道事業のインフラを支えるためにはどれだけの費用がかかっているのだろうか。利用者が減ってその便益を享受するものが減ればインフラそのものを支える意味がなくなる。一度うち捨てられたインフラは復活させる事にしても改めて造り出す事にしても莫大なエネルギーが必要になるだろう。後進諸国は水道事業のインフラを整備するよりも先にペットボトルが運び込まれていく、こうした地域では水道インフラの整備へと向かう気運が造り出せず恐らく永遠に完成する事がないままになってしまう可能性もある。

一方で過剰な取水が原因で地盤沈下や井戸水の枯渇などという問題を地元に生じさせている可能性もある。本書は実はこの部分にかなりフォーカスしたものになっている。日本でもサントリーが取水している山梨県北杜市の白州蒸溜所近辺で類似の問題が起こっていると云う指摘もあるらしい。

仮にこうした水源をグローバル企業に押さえられてしまうと、地元ではなくより利益を生み出せる場所へと供給先が変えられてしまう事を意味する。企業にとってはコストが嵩もうが、結果的に高く買って貰えるなら全然構わない訳で、なんならジェット機で輸送したって全然問題ない訳だ。

こうした事がいつの間にか進んでしまう事がないように、日本政府は 「日本の水源林の危機~グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには~」と云う提言を行っている。まぁ、要は勝手に森林や山林を誰にでも売ったりしないように、ちゃんとルールを作ろうと云う事なのだが、この農林水産の点で日本はWTOと対峙する姿勢をみせている。これは至極真っ当な考え方であり、何を危惧しているのかを我々はしっかり理解をしてこれをちゃんと後押しして行く必要がある。

先日、ニュースで石原都知事が海外へ水道事業の売り込みに行ったと云うニュースが流れた。「そら来た」と身を乗り出したが、これは水ではなく、水道インフラの技術を売り込むと云うお話でした。石原慎太郎は現在、社団法人日本水道協会の会長も務めており、どっちかというと水道を守る側にいるようです。これはまた失礼しました。

地球規模でみた時に飲料可能な水は限られている。脱塩処理によって海水から飲み水を作ろうと云う技術も進んで一部で実用化はされているがまだ極部分的なお話だ。奪い合いが始まる前にまず汚染や枯渇などによって減らさぬようにこれを守りつつも増やす努力を続ける必要がある。安易さやイメージなどに囚われてバカみたいに高い水や、鉄棒を舐めているような水をありがたく飲んでいてはいけないようだ。なんともとりとめもない感じになってしまいましたが、僕も少し自重致します。


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「まだ科学で解けない13の謎(13 Things That Don't Make Sens)」
マイケル・ブルックス(Michael Brooks)

2010/09/05:現代科学ではまだ解明出来ていない部分が非常に多い。宇宙の事についても、生命や、意識といったもの。日頃自分たちの生活にはあまり馴染みのない問題もあれば、非常に身近で普段何の疑問も持たずに接していながら実はよく分かっていないものなんてものもある。タイトルだけで衝動的に手を出してしまったのが本書「まだ科学で解けない13の謎」だ。本書の雰囲気からして、ジョン・ホーガンの「科学の終焉」のようなシニカルな展開を期待している自分がいた。

最近、ニュースでは、ホメオパシーについて大分騒がれていた。僕はこのホメオパシーとプラシーボ効果の違いがわかっていなかった。この二つって同じものじゃなかったんだっけ。

本書の目次を見るとジャストミートなタイミングで「ホメオパシー」の章があるではありませんか。ルール違反。邪道である事は重々承知で本書は後から前に読んでみる事にした。この本って栞がないので逆から一章ずつ読むのは非常に面倒な作業だったよ。


1 暗黒物質・暗黒エネルギー――宇宙論の大問題。でもそんなものは存在しない?
2 パイオニア変則事象――物理法則に背く軌道を飛ぶ二機の宇宙探査機
3 物理定数の不定――電磁力や強い力、弱い力の強さは昔は違っていた?
4 常温核融合――魔女狩りのように糾弾されたが、それでよかったのか?
5 生命とは何か?――誰も答えられない問い。合成生物はその答えになる?
6 火星の生命探査実験――生命の反応を捕らえたバイキングの結果はなぜ否定された?
7 ”ワオ!”信号――ETからのメッセージとしか思えない信号が一度だけ……
8 巨大ウイルス――私たちはウイルスの子孫? 物議をかもす異形のウイルス
9 死――生物が死ななければならない理由が科学で説明できない
10 セックス――有性生殖をする理由が科学ではわからない
11 自由意志――「そんなものは存在しない」という証拠が積み重なっている
12 プラシーボ効果――ニセの薬でも効くなら、本物の薬はどう評価すべきか?
13 ホメオパシー(同種療法)――明らかに不合理なのになぜ世界じゅうで普及しているのか?

30ページ弱のホメオパシーの章はあっけなく、どこにも辿り着けていない中途半端、消化不良の内容でありました。???何が言いたいのだろう。ホメオパシーに効果があるのかどうなのかもハッキリ明言していない上に、このサブタイトル「明らかに不合理なのになぜ世界じゅうで普及しているのか?」に対しても何も答えを持っていない。ではなんでこんなサブタイトルをつけたのか。科学では解けないと言っているのはどの部分?ホメオパシーの効果?それとも理不尽なのに普及している理由?どっちでしょう?タイトルを改めて眺めると「解けない」となっており「証明」とは言っていない。この「解けない」と云うものも実は何を指しているのかぼかしている感じだ。いきなりですが、議論を避けるために曖昧にしているとしか思えない内容だ。

自由意思について、そんなものはないと云う主張があるのだそうだ。僕らが自動車を自分の意思で運転していると思っている時、道路に沿ってハンドルを切るのは自由意思ではない?それは道路によってハンドルを切らせられていると云うような話しだ。どうも読み進むとそんな議論が出てくる。別にまっすく進んだっていいんだけど、それやったら事故起こすでしょう。それって問題の立て方が間違ってませんか?

生命について、自動車は動き回りエネルギーを消費し排気ガスと云う排泄物を出すから生命とは誰も言わない。だと。そんな事を読むために本書を手にしている読者はいないだろう。もっと深い部分での定義やそれを踏まえた上でのアノマリーが知りたくて読んでいるのに。

こっちが立っている場所なのか、作者の意図がそうなのか、どこまでも的外れで噛み合わない読書でありました。因みにきっと前から後へちゃんと読んでいたらもっと怒っていたに違いないよ。


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ノーザンライツ(Northern Lights)」
星野道夫

2010/09/05:トラヴェローグは面白い。チャトウィンの「パタゴニア」は忘れる事のできない一冊だが、同様に須賀敦子も捨てがたい。ある特定の時間に特定の場所に居合わせる事で、それまでは全く関係のなかった人々が交感し合う、時としてその出会いが思いかげない経験をもたらしたり、後の人生に大きな影響を与えたりする。

「クマよ」を改めて眺めると、小さなカットに市川の街並みや荒川の眺めが差し込まれている。星野道夫は掃いて捨てる程人に溢れてるこの関東平野を後に、地の果てともいえるアラスカの雪原を目指して旅にでていった訳だ。勿論彼は抜きんでたナチュラリストであった訳で、アラスカの地を愛していた事は間違いないのだが、それに加えてアラスカには星野道夫にとってかけがえのない出会いによって結ばれた友人たちがいたのだ。

須賀敦子がイタリアで亡き夫の、チャトウィンがパタゴニアで叔父のチャーリー・ミルワード、そしてブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの足跡を辿ったように、星野道夫はアラスカでシリア・ハンターとジニー・ウッドの足跡を追うのである。

シリア・ハンター(Celia M. Hunter)とジニー・ウッド(Ginny Hill Wood)は第一次、第二次大戦中に女性パイロットとして工場から出来上がったばかりの飛行機を目的地まで飛ばすと云うかなり無謀なテストパイロット兼輸送者のような仕事で腕を磨いた。何しろ出来上がってきた飛行機の機種、爆撃機だろうが、戦闘機だろうが、そしてそれが最新鋭機であろうがお構いなしに一発本番で飛び立ち、目的地まで運ぶと云う、今では考えられないような無謀さなのだ。

終戦後アラスカとの間の空輸ルート開拓という夢を描いて、ガタガタな飛行機でこれまたかなり無謀な旅をこなし、たどりついたアラスカにすっかり夢中となった。アラスカは時代から取り残された開拓前の自然に満ちあふれていたからだ。彼女ら二人のこの冒険譚はまるで罪もなく夢の中にいるような古色蒼然としたロマンに満ちあふれているもので、なんとも心地良い物語だ。

1952年、シリアとジニーは夫らと共にマッキンリーの麓の小さな湖の畔にキャンプを建てる事にした。キャンプ・デナリである。やがてここは世界中から自然を愛するナチュラリストたちが訪れる伝説の場所となっていく。そして彼らはまた、自分たちが愛してやまないアラスカの地を押し寄せる物質文明から、そして核開発競争などの実験地に利用しようとする政府と決然と戦ったのだ。

キャンプ・デナリ

http://www.campdenali.com/

もうすっかりおばぁちゃんになっているシリアとジニーと知り合った星野道夫は年代を超えてこの二人と友人となる事でアラスカの近代史に目覚めていったのではないだろうか。星野道夫はこうした人々と触れあい、価値観を共有し、こうした人々を、そしてアラスカを愛した。心から。だからこそ星野道夫はアラスカへ向かったのだ。それは、チャトウィンや須賀敦子が交歓を求めて彼の地を旅したのと同様で、だからそこ、そこへ行かなければならなかった訳であり、出会いは偶然でも、彼が向かったのは必然であった訳だ。

「ノーザンライツ」を読んで改めて「クマよ」を眺めると、ファインダーの反対側で価値観を共にし、アラスカのこの大自然を後世に残すべく自分にできる事としてシャッターを押している星野道夫の暖かくもやはり決然とした瞳が見えるのでありました。

トラヴェローグは面白い。旅する本人にもどんな旅になるのか、どこまで行けるのか、終わってみるまでわからない旅。旅の本来の意味は目的地に辿り着く事ではなく、その道程にある。素晴らしい道程を辿り、見事に円環を閉じていく本書は珠玉と呼べる一冊でありました。


「星野道夫と見た風景」のレビューはこちら>>


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樅の木は残った
山本周五郎

2010/08/29ご訪問下さいましてありがとうございます。当サイトは本の紹介をする事を目的として立ち上げたサイトです。原則ネタバレなしで読んだ本のエッセンスをお伝えする事で本選びの参考になるようなものにしたいと考えております。

この8月で開設から7年が経過しました。これは40歳になった私が向こう10年どんな人生を歩んでどんな本を読んでいくのだろうか。そんな足どりが辿れるような形になればこれはまた一つの記念になるのではないだろうかなんて事も考えた訳です。webだホームページだなんて全くの手探りであったわけですが、10年続けば何かの形になるのではとそんな漠然とした思いでスタートした訳です。サイトの作りや管理をはじめ至らない点は多々ありお恥ずかしい限りですが、どうにか7年間継続できた事は大変うれしく思っています。

日々の読書に自転車で徒歩で運河・史跡巡りが同期して思いもよらないような非常に面白い、興味深い出会いに興奮する充実した週末を過ごしております。この勢いで10年、そして更にその先へと頑張って行ってみたいと思います。今後ともご愛顧の程よろしくお願いいたします。

私事が続きますがご容赦下さいませ。自転車で川を巡り始めた頃、浦安橋の袂にある釣り船屋「吉野家」さんの看板には、山本周五郎著「青べか物語」の船宿と大きく書かれているのが目についた。「青べか物語」のみならず山本周五郎の本は一冊も読んだ事がなかった。自分が普段居る場所に縁のある作家や物語の舞台になっている本を読んでみるのも面白いのではないかと云う事に思いついたのは、この吉野屋さんの看板のお陰です。

また、会社帰りに都内を歩き出した頃、都内に仙台の縁の地が沢山ある事に気がついた。将軍に重用された伊達藩は芝、品川、麻布、汐留に屋敷を持っていたのだ。そして伊達藩は幕府の命により仙台堀や神田川の堀割を行っていた。僕は何も知らずにそんな運河を走り回っていたのでした。


送信者 文化財部


両親も本好きだったので、僕が育った仙台の家には本棚いくつも並んでいた。化粧箱に入った古くさいかび臭い本が並ぶ本棚の下で僕は遊んで育った。山本周五郎と云えばその本棚に「樅の木が残った」が紛れもなく並んでいた。

「樅の木は残った」と云えば伊達騒動のお話。故郷仙台と江戸の仙台屋敷、そして浦安に縁のある山本周五郎とここまで重なっている本書が楽しい読書体験にならない訳がない。

伊達騒動は、1660年、伊達家三代目当主伊達綱宗は放蕩を理由に逼塞を命じられる。父・忠宗の死により1658年に家督を引き継ぎ僅か2年、この時綱宗はまだ21歳であった。この逼塞に揺れる江戸の伊達の浜屋敷内では、綱宗の取り巻きだった者の住まいに訪問客を装った刺客が訪れる。主人を討った刺客は「上意討ちだと」述べたという。

綱宗の逼塞が決まった今、上意討ちとは一体誰の意であると云うのか。更に綱宗の放蕩自体根拠の薄い謀られたものであるらしいのだ。この背後には伊達藩の権力を我がものとせんとする老中の争いが潜んでいるらしい。しかもその更に裏には何か強大な陰謀があるようなのだ。

仙台藩の存亡を憂う原田甲斐らはこの陰謀をはねのけるために秘策を練り、心から信頼できるもののみで密約をかわし、実行に移していく。しかし、それは身を切られ肝を引きちぎられるような過酷な道へと続いていた。

これがまた、これでもか、これでもかと攻めてくる訳で、ここまで熾烈な事をするのだろうかとたじろいでしまう程だ。これはジョン・ル・カレの間諜小説の世界観だ。物語の運びといい魅力的な登場人物たちといい、これは正に傑作と呼ぶにふさわしい作品でありました。

山本周五郎は小学生の頃にあまりに上手く嘘をつくので学校の先生から小説家になれと言われたと言う。僕は伊達騒動の事を殆ど知らずに本書に入った訳ですが、どこまで本当でどこからが嘘なのだろうかと史実にあたりたくなって我慢するのが大変でした。本書を読み終えて、史実を探り出して二度びっくり。なんとまぁ。こんな歴史が仙台に。それを全く知らずに育っていた自分に三度目のびっくりでありました。

因みに酒井忠清つまり上野厩橋、雅楽頭の屋敷は平将門の首塚でもある場所でありました。


送信者 文化財部

8月も日本の政治は政争で迷走しております。金をめぐる問題が絶妙なタイミングでリークされてきたりもしております。本書から目を上げて現実をみますと、政治でも会社でも当時も今も、自分の存在意義や自己満足のために流言に流され右往左往してしまうみみっちい大人と言うのはいつの時代にもいて、それは昔っから全く変わっていないんだなぁと言う事が痛々しい程実感されます。原田甲斐。原田甲斐のように生きるべきなんですね。ほんと。

東京で働かず、地元にもし仮にいたら、やはり今頃僕はこの本を読んで仙台の川や史跡を訪ねていたのだろうか。地元に帰ったらこうした場所にお邪魔する機会をどうにか作っていきたいなあ。


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それでも、日本人は「戦争」を選んだ
加藤陽子

2010/08/22日本の子供たちへの教育では日本の近代史を意図的に教えていないと云う思いがある。これは自分自身が学校で学んだ頃よりずっと以前から現在まで綿々とそんな状況が続いているのだと思う。古代史から始まる日本史の教育は近代に近づくほど駆け足となりその内容は朧気になるのだ。しかも教えこまれるのはもっぱら何年にどんな出来事があったかと云う暗記中心のもので、一体なんでそんな事が起こったのかについてはやはり薄っぺらなのである。そもそも古代の時代から「日本」と称している事から僕には違和感あるんだけどね。

僕はこんな歴史教育に不満だ。

最近の僕の疑問の一つは、他のアジア諸国と違い倒幕から明治維新へと移行していく慌ただしい時代になぜ欧米の植民地化政策の触手を逃れ、不平等条約をかわす事が出来たのか。そしてこれをはねのけた日本がどのように帝国主義化を進め、戦争と云う手段を選んだのかというものだ。

本書はそんな疑問とへんちくりんな教育を受けてきた事によって生じた穴を埋めてくれるものになるのではないかと期待していた。

しかし、読み出した途端に随所から立ち上る胡散臭さ。なんだろうこの臭いは。怪しげなんだけど、ボーダー、黒と云えないグレーさのような感じか。史実を重ねているような書き方をしているため、なかなかこの人の信条が見えてこない。それにしてもこの人はどうして中国と清を同じ文脈のなかで使い分けるのか。とか「立派な軍人」とか「日本が遅れてきた帝国の悲しさ」なんて表現を読むとこの人どこまで右なんだろうかなどと一歩二歩と徐々に引いた目線で本書を読み進めていく自分がいた。

この人が大好きらしいウォルター・リップマンについてすこし。この人は若き秀才とかいってますが、クリール委員会に名を連ねたリップマンはジャーナリストと云うよりは寧ろ「プロパガンダ」を利用する事に長けた男で、「大衆と、大企業や政治思想や社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行なわれる、首尾一貫した活動によって、合意を捏造し、この合意に基づき形式上多くの人々が選挙権を持つという事実を克服し、権力者にとって都合よく機能する民主主義を作す宣伝のプロだ。

本書の全体的な主旨としては日本は普通選挙を実施してきちんと民意を反映する政治をとるようになりました。そして世界の基準からみても最高に頭の良い人たちが政治なり、国の方向性について真剣に考えて政をおこなっているなかで、戦争は避ける事ができない事情があった、だから戦争は仕方く起こったと言ってますね。

まさにリップマンの韻を踏む合意の捏造。その背後では激しい弾圧と暗殺、そして軍部の暴走による既成事実のでっちあげをやってた訳ですよね。


 保守的な月刊誌などが毎年夏に企画する太平洋戦争などでは、なぜ日本はアメリカの戦闘魂に油を注ぐような、宣戦布告なしの奇襲作戦などやってしまったのか、あるいは、なぜ日本は潜在的な国力や資源に乏しいドイツやイタリアなどと三国同盟を結んでしまったのか、という、反省とも嘆きともつかない問いが、何度も何度も繰り返されています。そのような議論を見ていつも私が思うのは、即戦即決以外で日本が戦争を行うプランをつくれたのだろうかということです。短期決戦以外につくれたのだろうか。そのあたりを考えていくと、哲学的問題にまでなります。


やっぱり。言いたいことはこれでしたか。がっくりですね。

歴史教育の不満足さの正に盲点を突く巧妙なものですが、一度化けの皮が剥がれればその醜さと異臭はひどいものだ。本書を読んで絶賛している人が大勢いるのには気が滅入りますが、そのお陰で人々の信条をリトマス試験紙のように明らかにする非常都合がよい本であるという事ができる。

日本が経験した戦争には学ぶべき事、反省すべき点が多々ある事は云うまでもない。二度とこうした行為に走る事がないよう、我々は心を引き締めてかかる必要がある。戦争が避けられないなどという事は絶対にないハズだと僕は信じている。

近年、アメリカがネオコンに乗っ取られ、大変な事態に陥った訳だが、極端な信条を抱えてプロパガンダを巧妙に進める事によってあの大国アメリカが乗っ取られて民意とは全く関係がない行為に暴走したと云う事実は肝に銘じるべき事柄だ。油断すれば日本がこのような者によって乗っ取られる訳で、先の大戦では正にそれが起こっていたという事も事実なのだから。

因みにこの人が訪問研究員を務めたというスタンフォード大学のフーバー研究所はコンドリーザ・ライスがいたり、フランシス・フクヤマやズビグニュー・ブレジンスキーが教鞭をとったところで、ネオコン系の財団が資金提供しているネオコンのシンクタンクだ。つまりそれはアメリカの元凶の一つなのであり、我々は過去の戦争に加えてアメリカの躓きにも学ばなければならないのだ。それも今すぐに。まったなしで。うかうかしていると寝首をかかれるぞ。


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ハンド・オブ・デス
(Hand of Death: The Henry Lee Lucas Story)」
マックス・コール(Max Call)

2010/08/11:本書はトマス・ハリスの「羊たちの沈黙」などの主要登場人物いや主人公と言っても良いハンニバル・レクターのモデルとなった実在の連続殺人犯ヘンリー・リー・ルーカス(Henry Lee Lucas)の半生を描いたノンフィクションノベルだと云う。「レッド・ドラゴン」と「羊たちの沈黙」が相次いで出版され映画も公開された事で書店では連続殺人やサイコキラーにまつわるサスペンス小説が目立つようになった。怖いものみたさと云うかそのおどろおどろしさばかりが強調されたものばかりで、トマス・ハリスに並ぶ・比べるに足るようなものは皆無で随分つまらない傾向がとっとと終わらないかとイライラしていた事を覚えている。

すっかり食あたりしてしまったせいだろうか。僕はこのヘンリー・リー・ルーカスの事も本書の事も全く知らなかった。この男はなんと360人もの人を殺めているらしい。この直前に読んだ「ゾウがすすり泣くとき」では、獲物にする動物に心や感情があると云う事を完全に無視している、或いは全く想像が及ばないからこそ、相手を斃して平然としていられるのではないかと云うような事を感じた。トラやライオン同様、我々も普段食べている牛や豚や鳥、はたまた魚にも感情があり心があると云う事を考えたら箸がとまらないだろうか。生物として他の生き物を食糧にしない限り生きていけない我々として精神のバランスを保つ上でも獲物の持っている感情には目をつぶってしまいやすいように出来ていると考えるべきなのかもしれない。

一方、同じ種であっても感情の深さや複雑さ、他人の感情に対する共感能力というものには個体差があると考えるのはごく自然なことだろう。共感能力が並外れて高い人もいれば、その逆に全くないものもいてもおかしくない。同じような姿をして、それらしい言葉を発しているのたが、心は全くのがらんどう。そんな存在だってあり得るのではないだろうか。個体差にどの程度のブレ幅があるのかは全く不明だが、大きく下ブレして更に何らか悪い組み合わせが揃う事で怪物のような心を持つものが生まれてくるのかもしれない。このヘンリー・リー・ルーカスのように。

因みに、もしかして、ひょっとして本書を読む気になるかもしれない方はこの先は読んではいけません。ノンフィクションですがネタバレしてしまう事態を避けて通れなかったからです。ノンフィクションであっても本来は避けるべきなのは重々承知しておりますが、この本の真価を語る上ではどうしても触れない訳にはいきませんでした。無茶なことを書きますが、興味がある人はこの先を読む前に本書そのものを読みましょう。

彼は1936年8月23日、ヴァージニア州ブラックブラックスバーグの貧しい家に生まれた。父親アンダーソンはかつては鉄道員であったが、列車にひかれて両足を失っていらい自宅で密造酒を造る事が生業だ。しかし彼はヘンリーの実父ではない。母親ヴィオラは売春婦であり、彼女は街にいるどこかのろくでなしが実際の父親だとヘンリーに告げている。アンダーソンは足と稼ぎを失った事でヴィオラに慢性的な激しい虐待を受けており、この家の子供たちも同様であった。明らかにこのヴィオラは精神的に病んでおり、まるでジム・トンプスンの物語のなかそのもののような状況だ。ヴィオラは生まれてくる子供が女の子であり、大きくなったら一緒に働かせようと考えていたようで、男児だったヘンリーを認めようとせず、女装させて女の子として無理矢理育て続ける。ヘンリーの異常な性格は殆どこの家庭環境にあったのだろう。

本書はヘンリーが逮捕された後に巡り会った刑務所を慰問していたクリスチャンのシスターに心を開き、彼女の紹介で知り合ったやはりクリスチャンで宗教色の強い作品を書いていたマックス・コールがインタビューをする事で書かれたものなのだそうだ。

そのせいか、ウィキペディアやその他のニュースソースと経歴を比べるとあちこちに食い違いがある。その最も大きなものはまず彼が入信したと云う「ハンド・オブ・デス」というサタンを崇拝する組織的犯罪集団の存在。彼はこの組織で訓練を受け数々の嘱託殺人、幼児誘拐を請け負っていたというのである。もう一つは、彼が逮捕され拘留されていた牢獄で起こったイエスの顕現。この二つの大きな出来事によって物語は正に二転三転。不謹慎だが先の読めないとんでもない本に仕上がっているのだ。イエスの顕現はともかくこのかなり克明に語られる「ハンド・オブ・デス」の宗教的価値観とその組織の在り様は不気味としかいいようがない。

しかし、ここで僕たちは立ち止まる必要がある。どうやら彼の自白には信憑性の薄いものもかなり含まれているらしいのだ。実際にはその州にいないハズの時期だったり刑務所に収監されていた事が明らかな時期の犯罪についても自白しているらしいのである。しかし、自白のなかには犯人しか知り得ないような事実も含まれていたりする。そもそも虚言癖もあるこのヘンリーの言っている事はどこまで本当なんだろうか。

一方で、シスターをはじめ、彼の所業をわかった上でイエスの顕現を主張する彼の魂の救済を信じる人々。また全米の警察が抱えていた未解決事件を彼になすりつけたのではないかと云うこれまたもう一つの暗黒面。事実彼は死刑宣告され、死刑を実際に執行しているテキサス州にいながら、証拠に疑義があると云う事で執行が見送られている。

ノンフィクションの体裁をとりつつも、ルーカスの事件の真相は本書のその外にあるのである。行き着く先は、そう陰謀論。本書は陰謀論へも繋がっていくのである。

これはほんとにたまげた一冊でありました。さて死刑執行を回避した当時のテキサス州知事であったブッシュⅡはイエスの顕現を気にしていたのか、それとも本当に彼の証拠を疑っていたのかどちらでしょう。そして闇に葬られた形となった「ハンド・オブ・デス」の存在は果たして実在なのか、ヘンリーの想像の産物なのか・・・・。


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ゾウがすすり泣くとき
(When Elephants Weep: The Emotional Lives of Animals)」
ジェフリー・M・マッソン(Jeffrey Mossaieff Masson)&
スーザン・マッカーシー (Susan McCarthy)

2010/08/11:ジェフリー・M・マッソン3冊目。「良い父親、悪い父親」では動物の父性、「犬の愛に嘘はない」では紛れもなく犬が抱く種を越えた深い愛情に踏み込んで余すところがない。本書「ゾウがすすり泣くとき」では、動物たちが感情を持っているとするなら、どこまで複雑な感情をもっているのだろうかという問題だ。

動物に感情があるかどうかについても意見が分かれるところであろう。ましてその感情の複雑さの度合いや強さについて我々と動物の間にはどの程度の開きがあるのだろうかと云う話しになれば、益々意見が分かれるところだろう。

我々が持つ感情にはどんなものがあるだろう。喜怒哀楽・愛憎、誇りや恥、驚きや恐怖や安堵。ウィキペディアでは感情を表す和語として形容詞および形容動詞に、かなしい・うらがなしい・ものがなしい・みじめだ・やるせない・たのしい・うれしい・しあわせだ・めでたい・いまわしい・はずかしい・うらめしい・にくたらしい・いやだ・きらいだ・さわやかだ・いつくしい・いとおしい・つまらない・おそろしい・こわい、が

そして動詞には、このむ・よろこぶ・いかる・おこる・かなしむ・おそれる・はじらう・はにかむ・うれえる・あやしむ・うらむ・にくむ・いきどおる・むかつく・きらう・けぎらいする・めでる・うんざりする・あきる・びびるといったものが上げられていた。

<目次>
第1章 なぜ感情を否定するのか
第2章 感情のない野蛮なものたち
第3章 恐怖と希望と怖い夢
第4章 愛と友情
第5章 嘆きと悲しみとゾウの骨
第6章 喜びの世界
第7章 戦争と平和に見る怒りと支配と残虐性
第8章 思いやりと援助行動、利他主義について
第9章 恥と赤面、心の秘密
第10章 美意識とクマと夕陽
第11章 宗教心と正義感、言葉にならない感情


本書は上記の例に加え、美意識や宗教心、正義感のようなものについても、人間となんら変わるところのない感情・思考を持っていると考える方が寧ろ自然だと思えるようなエピソードを引き出してくる。

動物と一言で云ってもいろいろで、猿やゴリラのように人間に近い種もあれば、犬、イルカのようなほ乳類から、鳥類、魚類、昆虫と対象を拡大していった時、この感情の有無の境界線はどこに引かれるのだろうか。それともまたこうした例は単なる偶然で見ている我々が勝手に解釈しているだけだったりするのだろうか。

個人的には猿や犬、イルカなどのほ乳類、鳥類に複雑な感情がある事に違和感はない、しかし、魚類や昆虫となるとどうだろうか。

以前飼っていたザリガニの中には伴侶に対する愛情が明らかな二匹がいた。この二匹は常に寄り添って暮らし、水槽に仕切りを作っても根性で脱出してくっついていた。最後には相方が脱皮に失敗して死んでしまったのだが、その相方を抱きかかえるようにして守っていたのだ。場合によっては共食いもするザリガニだが死んだ相方には手を出さなかったのだ。

このザリガニを目の当たりにした時僕はやはりとっさに、「まさかな」と思ってしまった。「そう見えるだけで、実際に感情があってそうしている訳ではないだろう」と。しかし、本書を読んで改めて考えると自分が考えているよりもずっと深い感情をそれもすごく広い範囲で動物たちは持っていると考えるべきだと云う思いが確信となってきた。

一方で、自分が食べるもの、食べる対象としている動物たちに対して自分たちと同じ感情を持っていると云う感覚の低さもまた人間のみならずどの動物にも共通した傾向にあるらしい事も。

獲物としてとらえた動物に家族がいて、自分たちと同じような感情を持った関係があるなんて事を考えてしまったらその相手を食べにくくなってしまうだろう。人間以外の動物に感情がないと強く信じている人たちも根底にはこうした根本的に相容れにくい拒否感があるのかもしれない。

更に同じ種の動物でも、感情の深さや複雑さには個体差があると云う事。これには我々人間の間でも思い当たる節があるのではないだろうか。言葉が交わせない動物に感情があるかどうかを確認・証明するのは難しい事かもしれないが、言葉を操れて嘘や或いは間違った事も言う我々人間同士で本当に同じ感情や感覚を持ちあわせているかどうかもやはり確認・証明する事は難しい事なのではないだろうか。

僕の住んでいるところではセキレイをよく見かける。先日マンションの入口にさしかかったところ、一羽のセキレイが入口のガラスの囲いに迷い込んでしまっていた。人が近づいてきた事で更に慌てたセキレイは必死に飛び立つのだが、ガラスにぶつかっては落ちていた。近くには明らか心配している伴侶の鳥がホバリングしていた。僕はこの鳥が逃げ出しやすいように体を動かして脱出する手伝いをしてあげた。うまい具合に外に出て彼らは並んで飛び去っていった。

二羽を見送ってエレベーターで自室の階で降りたところ、目の前の階段の踊り場には明らかに先のセキレイが二羽とまってこっちを見ていた。彼らは僕の顔を見に来たのだ。ぴっくりしたけど、助かってよかったよ。ありがとうと言いたかったに違いないと僕は思っている。


「良い父親、悪い父親」のレビューはこちら>>

「犬の愛に嘘はない」のレビューはこちら>>


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会津という神話―“二つの戦後”をめぐる“死者の政治学”
田中悟

2010/08/08:敗戦色が日に日に色濃くなってきた1943年5月19日。京都帝都大学の教室は田邊元の講義を受講する人であふれかえった。田邊元は当時日本を代表する哲学者であった。学生たちはまもなく徴兵猶予が停止され学徒動員される事になる若者たちであった。「己の近い将来に死しか見出しえない」状況にある若者たちが抱いていたのは、なぜなのか。何のために死ななければならないのかと云う疑問であったろう。これに対して田辺は国家と自己はひとつであり、国家なくして自己はない。だからこそ個々の人にとっての国家は生を捧げるべきものであり、その国家のために向かえる死は尊きものとして神に祀られると云うような事を語った。

国を守る為に戦って死ぬものは意義のある生を生きた。その証として神に祀られると云う訳だ。聴衆が皆それをどのように受け取っていたのかはわからない。しかし、それを信じて戦地へ赴き実際に命を落とした人々が大勢いた事は間違いない。

田辺は、「下界に下りてアメリカ兵や敗戦後の日本人の頽廃を見るのが耐えられぬこと」、「帝国大学教授として日本を悲運に導いた応分の責任を感じ、この責任を感じれば感ずるほど、畳の上で楽な往生を遂げる資格はない」等と考えたようで終戦間際に退職し後世を通して隠遁的生活を送ったという。

事実として、実態として国のために身を捧げ、結果神に祀られた死者と今生きている個々の人々を包含する形で成り立つ国家と云う存在。その結びつきには神がいる。これが日本だとするなら、それは明らかに明治維新後に形成された近代日本国家の姿なハズだ。いやもう少し言い換えると明治以降の日本国家は一般人にもあまねく帰属意識と忠誠を国家が明らかに要求する国になったのである。

そしてそれは国家の為に生を捧げないもの、国家に背くものの死は犬死にであると云う事でもあった。

会津藩が落城した後、政府軍の死者は丁重に引き取られ祀られたが、会津藩側の死者は近づく事も禁止されただ朽ちるに任せられていたのだそうだ。お上に背くものは犬のように扱われるという事を見るもの聞くものの肝に銘じさせるためであった訳だ。これは会津に限った話しではなく、戊辰戦争全体を通して逆賊の亡骸は無惨な扱いを受けていたようだ。これはつまりそうするように強く指示を飛ばしていたヤツが上の方にいたからだ。

戊申戦争、西南戦争が終わり明治政府が本格的に活動をしだすと、熊本では農民の一揆が続発した。これは廃藩置県によって年貢から地租へ切り替わり、その税負担が農民たちの肩に一気にのしかかっていった事が原因であった。またそれを徴集するものたちの不正も横行していた事もあったらしい。

この一揆の沈静化と薩軍の残党を追うべく派遣された警視隊に佐川官兵衛と云う男がいた。彼は非常に武勇に秀でており、「鬼の官兵衛」または「鬼佐川」「鬼官兵衛」とも呼ばれた男であった。佐川の隊は薩軍と一揆勢が合流した勢力と衝突、佐川は薩軍の小隊長であった鎌田雄一郎と一騎打ちとなった。しかし、藪の中に潜んでいた農民が放ったミニエー銃によって佐川は死んだ。

この佐川は元会津藩の武人であったそうだ。戊辰戦争で反逆者として敗北した会津藩の男が警視庁に徴用され熊本へ派遣されていたと云う訳だ。多くの会津藩の武士たちは会津に戻る事を禁ぜられ、青森などへ強制的に移住させられたというような事もあったようだ。また生き残ったもので使えそうな人物にはその汚名をそそぐ機会を与え国家の為に命を捧げさせたのである。この佐川にとって国家とは一体どんなものに映っていたのだろうか。雪冤勤皇。残された会津の人々はこの言葉によって否応もなくその後の戦争へと引き込まれていいく。

本書は、本質的に根拠の非常に怪しい尊皇攘夷運動によって倒幕が走り出し、全くの予想外であったろう反逆者、逆賊の烙印を押された会津藩の内側から幕末と明治維新を見つめ直す事で、捏造されたと言っても良いような日本という国家の形と、それを意識に無理矢理に埋め込んでいく為に引かれた、内側と外側を分かつ線。内側こそが仲間であり、正しくそして神によって祀られる尊いものであると云う神話と云うものを浮かび上がらせていく。死者と神を結びつける事で、人心を操る事に長け、世間を誘導せんとする意思によって巧妙に利用され、利用され続けている会津の人々。しかし利用されているのは我々みんななのだ。


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宇宙を織りなすもの―時間と空間の正体
(The Fabric of the Cosmos: Space,
Time, and the Texture of Reality)」
ブライアン・グリーン(Brian Greene)

2010/8/1:下手の横好き。そもそも全く数学とか苦手なんですが、宇宙論とか、量子物理学とか、相対論の科学読み物は大好き。進化論の本もそうだが、この手の本は選択肢が少ない上にテーマが被ってしまう事が多いので、片っ端から読んでいくのは無駄が出る。本を選ぶのはなかなか難しいのだ。

ブライアン・グリーンは、「エレガンスな宇宙」を何の理由か今となってはよくわからなくなってしまったが見送ってしまっており、その本と非常に表紙が似通っている事から何の理由もなく敬遠していた事に最近気がついた。中身は全くもって信頼できるものなのに、どうした訳か僕はこの本を読むべきかどうかすら考えてもいなかったのだ。どうやら単なる先入観にとらわれていただけらしい。

どうでも良い事だが、こんな事もあるのだなと云う事で。

読み始めてみると、本書はあまり誰がいつどんな論文を出したとか研究の紆余曲折とかといった背景には触れず、あくまで最新の理論に基づき時空とはどのような概念として理解されるようになってきたのかという事に絞って話しを進めていく。そして予想以上に堅くて難しい。

数式こそ全く出てこないが論理を積みかねる事で決して見る事のできない超ミクロな場所がみせる時空の意表を突くその姿を読むものにしっかり伝えようとする姿勢は徹底しており読むものにかなり高い集中力と推考を強いるものになっている。しかし、そこで出会える時空の姿は他では見られない大変ユニークなものだ。

相対論によって時間の同時性と云う概念は否定されてしまった。物事の起こった順番もあくまで見るものの場所や速度によって異なると云う事を観念的に理解するのはなかなか難しいものだと思う。更にびっくりする事には現在のところ物理学には時間が流れるという直感的な感覚を裏付けるものがないという。

我々が「今この瞬間」と云う時、目の前にあるディスプレイの光はほんのちょっとだけ過去のものだし、その向こう側のリビングで寛ぐ子供たちの姿は更にちょっと過去だ。そして更にその向こう側の窓の外にもし月が見えていたとしたら、それはもっと過去の光だ。自分が今として見ている光景はすべてバラバラな時間に起こった出来事が自分の立っている場所に到着したものなのだ。なので、リビングにいる息子が見ている今と僕の今は違うものになる。つまり今のこの瞬間を共有するものは誰一人いない超個人的なものなのである。

一方で我々の姿は仮に何百光年も向こうの人の姿がみえる超精密な望遠鏡があるなら、その何百光年も向こう側から背中を丸めて変な箱に向かってガタガタと手を動かしている生物の姿が見えるハズだ。その望遠鏡をのぞいている宇宙人と僕は何百年も離れた違う時間にいるにも関わらず、彼にとっては同時性があるように見えるだろう。

相対論が明らかにするのは、過去、現在、未来に区別はなく対等なものだと云う。つまり過去は過ぎ去ってしまうものではなく、これから起こる未来と同様に実在として一つものものだというのである。

一般相対性理論と量子力学を組み合わせて計算を行おうとすると無限大と云うあり得ない値をとる。この無限大という結果はどこかこの二つの理論に相容れない矛盾があるからだと長いあいだ信じられてきた。それは無限大と云う結果は意味を成さないものだとされているからだ。この問題を解決させる事で大統一理論が作れるハズだと云う信念に基づき、近代物理学は進められてきた。そのなかで様々な仮説が立てられ検証を繰り返され、うまくいかなかった理論は破毀された。

鳴り物入りで登場してきた超ひも理論も、必要な次元数がどんどん増えていってしまって果たしてこれは現実なのか単なる辻褄合わせなのかと云う懐疑的な視線を浴びて勢いを失い、何年も日陰で暮らすような雰囲気に陥った。やっぱりひも理論も一つのアイディアに過ぎなかったかと思われた事すらあった。しかし、ひも理論がいくつも抱えていたアノマリー問題は実は互いに打ち消し合う形で解決できる事がわかってきたのだ。

物質はどこまで細分化する事ができるのだろう。原子がクォークへ、そしてクォークがひもへ。大きさゼロの点状粒子を想定する場合と違い、ひもがある大きさ持つものだとするなら、大きさと時間がプランク長とプランク時間にまで到達するとこれ以上細分化すると云う事自体の意味を失う。プランクスケールであるひもの内側は実在しないのだ。

プランクスケールの内側は実在しない。つまり空間を埋め尽くしているハズの格子状のスケールの内側に実在がないなら、この世界はこの格子の骨組みにあるという事になる。


プランク長の長さで振動するひも。長いひもがしなやかなのに対してこのように短いひもは非常に堅い。この堅さのひもが振動するエネルギーは莫大なものになる。そしてひもの振動は「弦」と同じく倍音で振動するのである。

時間の概念と空間の概念があらたまることで、全く異なる様相をみせる実在としての宇宙の姿。かなり難しい内容でどこまで理解出来たのか甚だ心許ないものがありますが、レオナルド・サスキンドの「宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す」とはまたひと味もふた味も違うイメージを浮かび上がらせてくれました。

「宇宙を織りなすもの」のレビューはこちら>>

「隠れていた宇宙」のレビューはこちら>>

「時間の終わりまで」のレビューはこちら>>


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砂の本(El libro de arena)」
ホルヘ・ルイス・ボルへス(Jorge Luis Borges)

2010/07/19:ボルヘス初挑戦です。かつてラテンアメリカ文学がブームとなった時期があった。マジック・リアリズムとか、マルケスを読んでいない?なんて風潮すらあった。と思う。このサイトでも何ども書いたし、そんな事を自分から云わなくとも、読み手からは明らかなのかもしれないが、かなりへそ曲がりな僕は、所謂猫も杓子もといった事に流されるのが嫌いだ。

なので、ラテンアメリカ文学がブームだといったようなニュースを先に耳にしてしまった時点でその船には乗らなかった。

そんな訳で僕はマルケスは勿論、そもそもマジック・リアリズムって一体何だと云う部分も大雑把にぶっ飛ばしてこれまで生きてきてしまった。先日、中南米の近代史について少しばかり読み囓ってみようと思い立って出会ったルイス・セプルベダは「パタゴニア・エキスプレス」の中でそもそも南米にはマジック・リアリズムが生まれる素地がそもそもあったと云うような事を書いていた。

僕なりに解釈させてもらえば、マジック・リアリズムとは誰も確かめようがない程かけ離れた場所や時間に在るものや出来事で、ある意味あり得ないんだけど、絶対にないとは言い切れないような嘘。それはつまり、麒麟や鳳凰のようなもので、独自の気配と云うか味わいをもって、見るものの想像力を刺激し靄のように彼の地や彼の時を思わせる引き金となるものだ。

ラテンアメリカ文学がマジック・リアリズムに目覚める根底となったのはボルヘスだと云う。なるほどボルヘスは魔術師がカエルやイモリ、薬草や鉱物によって生成した得体の知れない粉を作り、それを火にくべると見たことのない色の光と煙を立ち上がらせるかのように文章を紡ぎ出す。ボルヘスの文章を僕らの想像力と云う火にくべると見たことのない妖しい光や煙を立てて燃えあがるのが見えるのだ。

ボルヘスの技巧はあくまで僕ら読者の心のなかで妖しい光をぼっと燃えあがらせる事にのみ目的があるかのごとく全知全霊をこれに注ぎ込んでいる。ボルヘスの本は読むのではない、心にくべるのである。理解するのではない。僕たちの心ではなつ光や煙の色を楽しむのだ。

吉良上野介など実在の出来事やテクストを追いボルヘスの調剤過程を紐解く事に挑む事は勿論可能だ。しかし、完全に解体してもそれに意味はないだろう。魔術には呪文が必要で、それがわからなければ、魔法は完成せず、そのボルヘスが使った呪文は決して見つからないハズだからだ。それは彼一人が知る事を許され自分の墓に持って行っいってしまった。

砂の本
他者
ウルリーケ
会議
人知の思い及ばぬこと
三十派
恵みの夜
鏡と仮面
ウンドル
疲れた男のユートピア
贈賄
アベリーノ・アレドンド
円盤
砂の本
後書き
汚辱の世界史
初版 序
1954年版 序
汚辱の世界史
恐怖の救済者 ラザルス・モレル
真とは思えぬ山師 トム・カストロ
鄭夫人 女海賊
不正調達者 モンク・イーストマン
動機なしの殺人者 ビル・ハリガン
不作法な式部官 吉良上野介
仮面の染物師 メルヴのハキム
ばら色の街角の男
エトセトラ
死後の神学者
彫像の部屋
夢を見た二人の男の物語
お預けをくった魔術師
インクの鏡
マホメットの代役
寛大な敵
学問の厳密さについて
資料一覧

なかでも、「三十派」において描いてみせた概念はユダの福音書が発見される前に生み出されたものであって、僕はその発想に仰天したと云うかもしかしたら誰も知らない出典があるのかもしれないとすら思った。ボルヘスにのみ読むことが許された秘密の原典。何かを取引の材料にボルヘスは差し出したのだろうか。そしてその取引の相手は誰だったのか。つるかめつるかめ。


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ブラックホールを見つけた男(The Empire of the Stars:
Friendship, Obsession and Betrayal in the Black Holes)」
アーサ ー・I・ミラー(Arthur. I.Miller)

2010/07/19:スブラマニアン・チャンドラセカール。フルネームは覚えにくいが、チャンドラセカールと云う名前は一度聞いたら忘れられないインパクトがある。チャンドラセカールと云う印象的な響きとともに英領インドに生まれ数学において天才の名を欲しいままにし、その才覚から19歳でイギリスへ留学。渡英の為に乗り込んだ船の上でブラックホールの存在を証明したと云う伝説のような出来事が彼の神秘性のような雰囲気を高めていると思う。

宇宙論の本にちょくちょく名前が登場するものの、チャンドラセカールの研究内容や人生、人柄はあまり知られていないのではないかと思う。ウィキペディアでもノーベル賞受賞者としてはかなり短めの記事しか読むことができない。

本書は1910年、和暦では明治43年生まれの人としてのチャンドラセカールに迫るものらしい。当時のイギリスやインドの様子を知る上でもこれは興味がそそられる一冊ではありませんか。

早速読んでみると意気揚々とイギリスへ到着したチャンドラセカールを待っていたのは、差別の高く厚い壁だった。なかでも最大の障壁として立ちふさがってきたのはエディントン。

エディントンと云えば、1919年、アインシュタインの相対論を実証する為に皆既日食の際に太陽に近くに見える恒星の光が曲がっているかどうかを観測しようとしたアフリカ遠征隊を率いたと云う人物だ。土砂降りだった天候が一変、僅かな晴れ間に測定されたその値はアインシュタインの理論を完全に支持する結果となった。この知らせを受けたアインシュタインは数日間恍惚とした状態に浸ったという。

当時相対論を理解出来るのは一握りの人間だけと云われていたが、エディントンはそのうちの一人と云われていた。そのエディントンがチャンドラセカールに執拗に立ちふさがり、そのせいで、近代天文物理学は40年とも目される大幅な停滞に陥ってしまうのだ。

エディントンがチャンドラセカールの前に立ちふさがったのは、単なる人種差別意識によるものだけではなく、宗教を越えた世界観とも云うべきものがあった。チャンドラセカールが発見したブラックホールの概念は、エディントンが思い描いていた世界観の根幹を打ち崩すものであった。歳を重ね頑迷さに拍車がかかっていくエディントンは量子論の定数にカバラにおいてヤハウェを現す137と云う数値が入るハズだと云う信念をも抱くようになっていく。サーの称号を受け、押しも押されもせぬ重鎮として自他共に認めるエディントンの暴走を止められるものはいなかったのである。

エディントンの大きな影はチャンドラセカールの人生を覆い隠すように被さっていく。本書はこの二人の人生の交錯を描いて余すところがない。また天文学が物理学に与えた新たな概念はやがて原子核物理学と云う領域を開き、核開発、核実験へと突き進み始めていく。本書はこうした近代物理学の歴史をくっきりと浮かび上がらせてくるのでありました。これは読み応え十分。科学史を描いた近年最良の一冊だと思います。

僕は先日新木場にある第五福竜丸を見学に行きました。第五福竜丸は1954年ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験による死の灰を被った船だ。アメリカはソ連との核開発競争に勝つためになりふり構わず核実験を繰り返した。福竜丸の際の水爆は広島型の約千倍の威力があったそうだ。ビキニ環礁とエニウェトク環礁での実験は1958年まで続き68回広島原爆の7千発分が爆発し、地球上での核爆発の回数は既に二千回を超えているのだ。

第五福竜丸に直に触れる事で科学と云うよりも人間の感情で動いている不気味な世の中の実態に触れたような気分を味わいました。それは正に自分たちが暮らすこの世界と地続きである事も。核兵器も紛争もない平和な世界を。


送信者 文化財部


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闇の奥(Heart Of Darkness)」
ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad)

2010/07/11:デニス・ポッパーが亡くなってしまった。2010年5月29日。合掌。デニス・ホッパーとの出会いは「イージー・ライダー」を中学校の泊まりがけのイベントで夜初めて観た時だ。ビデオやDVDなんてものはまだ世の中にはなくて、「イージー・ライダー」は未見の名作の一つだった。当時かなりの映画狂だった僕はこのイベントをすごく楽しみにしていた。

当然上映はフィルムの映写機で、明らかに不慣れな学校の先生が操作していたっけ。唐突に始まった映画はクレジットタイトルも音楽もなし。フリーウェイを走るバイクの映像が流れ出した。噂には聞いていたがこんなに斬新な映画なんだと思ってみていたら、併走している車からいきなり銃撃。どうした訳か間違ってラストシーンから上映していたのである。最後に死んじゃう事が解ってしまった状態で改めて上映された「イージー・ライダー」は本来の作品以上にエキセントリックで衝撃的な映画として深く僕の記憶に残った。またこの出来事は僕に映画術そのものに目を向けさせるものでもあったのでした。

デニス・ホッパーの映画はどれも印象深いものだが、この「イージー・ライダー」は断トツだ。そして次席は「地獄の黙示録」。デニス・ホッパーは戦場カメラマンとして、そしてカーツ大佐の崇拝者、道化回しとして映画の重要な役所を演じていた。

この「地獄の黙示録」大好きな映画の一つなのだが、このネタ本となっている「闇の奥」はまだ読んでいなかった。折しも「闇の奥」は黒原敏行氏による新訳が刊行された。この機会に一度読んでおくと云うのは意義がある事だろう。黒原氏はコーマック・マッカーシーの本の訳でとっても読みやすかった方なので、難解らしいコンラッドも僕が読んでもわかるようになっているのではないだろうか。また「地獄の黙示録」をもっと深く理解する事に繋がるのではないか。

テムズ河の河口に遊覧ヨットを浮ばせて、余暇を過ごす一団の男たち、彼らはこの船の船長である会社の経営者でもある人物と彼に招待された客人たち。彼らは今夜はこの船で過ごすのだ。このメンバーはちょくちょくこのような船遊びに興じているようで、根っからの船乗りたちでもあった。普段はドミノゲームなどをして過ごしているのだがこの日は違った。黄昏迫る神々しい光景が、刻々と深みを増しいく暗闇が、目の前に広がる川の流れが、彼らの口を閉じさせ、目の前の光景に釘付けにしたのだ。


 岸部に住む人々に長く奉仕してきた老大河の水面は、陽の衰えにも泰然としてさざ波すら建てず、世界の果てまで続く水路にふさわしい静かな威厳をたたえて広がっていた。私たちはこの尊い流れを、訪れてきては過ぎ去る短い一日の生の夕日ではなく、永遠に残る記憶の荘厳な光の下に眺めた。


この船に招待された客の一人マーロウは、あたりがすっかり闇に包まれるとある体験談を語り出した。彼はかつて地図上のアフリカにある広大な空白地帯に熱情のような憧れを持ち、伝手を頼ってコンゴ川を行き来するベルギーの象牙の貿易会社の輸送船の船長の職を得た。それは地図にない、つまり誰も知らない、行ったことのない場所での胸躍る冒険と云う少年の頃の憧れを実現するものであるはずだった。


 船乗りの長い体験談というものは実に単純なもので、胡桃のみが殻の中に入っているように、意味は話の中にきちんとおさまっている。だがマーロウは、そんな船乗りの典型から外れているのだ(といっても長々と体験談を聴かせること自体は好きなのだが)。彼の場合、話の意味は、胡桃の実のように殻の中にあるのではなく、外にある。強い光の回りに靄のような光が生じるように、意味は話から滲み出して、その話しを外側から包む。ちょうど月が幽霊のようにおぼろに霞む時、ぼうっとした暈がその周囲を包むように。


マーロウがコンゴの河口基地にたどりつくと、彼が船長になるハズの船は座礁しており、船を直すにも部品がない。そしてクルツと云う男の噂。コンゴ川の奥地に入り込み大量の象牙を手に入れているクルツと云う男。謎めいていて誰しもが畏敬の念を抱いているクルツ。そんな彼が病気になっていると云う。彼を治療する為に船を修理してクルツの拠点へ向えとマーロウは指示される。

修理をどうにか終えて出発したマーロウがそこで出会ったのは、コンゴのからみつき、どこまでも続いて終わることのない圧倒的な自然。そして象牙を求めてコンゴの奥地に踏み込み、原住民たちを奴隷として使い文明化だ開拓だと云う傲慢で独りよがりで思い上がった醜悪な西洋人の姿だった。

マーロウはつぶやく。


 「征服というのはほとんどの場合、われわれとは肌の色が違い、鼻がちょっとだけ低い連中から土地を巻き上げることで、見て気持ちのいいものじゃない。その醜悪さを償えるものは、理念だけだ。背後にある理念。きれい事の建前じゃない、一つの理念。そしてその理念に対する無私の信念。その前にひざまずき、頭を垂れ。供物を捧げられるような何か・・・・・・」


クルツの西洋文明の先端として、征服せんとしてコンゴの奥地に入り込んで行きながら、西洋文明と決別し自分自身の王国を作ろうと、作れるとまで思い上がり、そして夢破れていく姿。子供が思い描くような冒険とはかけ離れた深い泥濘を歩くような旅路。胡桃の殻の外側に生じるこの読後感の深さ。なるほどなるほどでありました。黒原さんの約は読みやすくて良いと思いました。

第二四半期も沢山本を読んでいきますのでよろしくお願いします。


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